効果を判定するには「適切な比較」が必要
こうした「薬を使った」「病気が治った」「薬が効いた」といった前後関係だけで、因果関係――つまり原因と結果だと断定する論法を「三た論法」と呼びます。
薬の効果を正確に判定するには、「三た論法」ではなく、臨床試験による比較が必要です。ある薬で病気が治るかどうかは、薬の服用以外の条件をできる限り一致させたうえで、<薬を飲んだ集団>と<薬を飲んでいない集団>にランダムに分け、それぞれの集団のうち病気が治った人の数を数えて比較する臨床試験を行えばわかります。当然、薬を飲んでも病気が治らない人、薬を飲まずに病気が治った人もいますが、集団全体で比較して薬を飲んだ集団のほうが病気が治った人が多ければ、薬は効くと判定できるのです。
ただし、新しい感染症やきわめてめずらしい疾患では十分な比較ができないため、やむを得ず緊急避難的に既存の薬を使うことがあります。例えば「COVID-19(新型コロナウイルス感染症)」の流行初期には効果的な薬がなかったので、抗インフルエンザ薬の「アビガン」、抗寄生虫薬の「イベルメクチン」といった既存の薬が使われました。
COVID-19もまた、自然治癒することがある病気です。アビガンやイベルメクチンを使ったあとに治ったという事例はたくさんありましたが、そうした事例を集めただけで薬が効いたと判断するのは「三た論法」であり、不正確です。のちに行われた質の高い臨床試験では、COVID-19に対するアビガンやイベルメクチンの効果を確認できませんでした。
有害かどうかも「適切な比較」をもとに判断
薬の効果だけでなく、何が有害であるかも「三た論法」ではなく、適切な比較によって判断すべきです。タバコが肺がんの原因であることは「タバコを吸った」「肺がんになった」「タバコが肺がんを引き起こした」という「三た論法」では証明できません。できるだけ他の条件を一致させた<タバコを吸う集団>と<タバコを吸わない集団>を長期間にわたって追跡調査し、肺がんにかかる人の数を数えて比較する必要があります。その結果、タバコを吸う集団のほうが肺がんにかかる人が多いとわかり、タバコが肺がんの原因であることが示されました。
もちろん、タバコを吸っても肺がんにならない人もいれば、タバコを吸っていなくても肺がんになる人もいます。タバコ以外にも肺がんの原因はありますし、タバコを吸わなければ絶対に肺がんにならないというわけでもありません。ただ、肺がんにかかる可能性を減らしたいならタバコは吸わないほうがいいでしょう。
なお、一部で「喫煙率が減少しているのに肺がん死亡率は上昇しているから、タバコは肺がんの原因ではない」といった誤解がみられますが、肺がん死亡率の上昇の主因は高齢化で、その影響を補正した「年齢調整肺がん死亡率」は喫煙率のピークから20~30年のタイムラグを経て減少しつつあります。タバコ以外の肺がんのリスク因子や治療法の進歩などの影響を受けるため、これだけでは断言できませんが、他の多くの疫学的証拠と同様に肺がん死亡率の推移も、喫煙が肺がんの原因であることを示しています。