――名もなき雑用。
稲田:はい。毎日の洗い物や掃除、それから、突然壊れてしまった調理機器の修繕も、そのひとつです。
割合としては少ないものの、原価計算や日報を書くといった事務作業ももちろん発生します。こういった作業は基本的に店長が担当しますが、事務作業を店長から自主的に奪ってくれる従業員がいると、さまざまな仕事がスムーズに回る印象です。僕もかつてはそういった雑用を積極的に店長から奪っていました。
――飲食店はただでさえ忙しいですし、そうして機転を利かせられる従業員が一人でもいると助かりそうですね。でも、名もなき雑用をこなしながら、自分なりの創造性やオリジナリティを発揮することは可能なのでしょうか?
稲田:難しいように思われる人が多いかもしれませんが、実はいくらでも可能です。例えば、洗い物。多くの飲食店のキッチンには食器洗浄機がありますが、食器洗浄機へのお皿の入れ方、並べ方ひとつにも創造性は宿るんですよ。パズルのように重ねて入れたり、食器置き場にしまいやすい位置に並べたり、ちょっとした工夫で、作業効率が倍近く変わることもしばしばです。
これは自分のお店のエピソードですが、僕の知らないうちに、キッチンの壁の空いたスペース一面にパネルが設置され、そこに収納グッズが提げられ、中を見ると箸やスプーンといった食器類が丁寧にしまわれていたことがあります。聞けば、従業員のひとりが100円ショップのグッズを使って、予算3000円ほどで、ひと晩で、それを組んだと言うんです。これぞまさにレイアウトの改革で、実際に作業スピードと作業効率がグッと上がりました。周囲からも大絶賛され、その従業員は他の店舗にも収納スペースの組み方を教えに行っていました。
――ひと晩のうちに業務改革が起きたと。その従業員の方は、どのようなモチベーションでその改革を行ったのでしょうか?
稲田:「不便に感じている箇所をなんとかしよう」と思うまでは、通常の仕事の範疇ですよね。けれど彼はそれでは飽き足らず、どうせやるんだったら徹底しようと、作品をつくり上げるようなイメージで収納のスペースを組んだのではないかと推察しています。もちろん、働き過ぎはよくありませんが、これは完全にクリエイターの発想ですよね。結果的にそのアクションで、彼は他店に呼ばれるという新たな役割も得たわけです。少し嫌らしく聞こえるかもしれませんが、自分の得意なことや自分にしかできないことは、そうやって積極的に周囲にアピールしていくべきだと僕は思いますね。