発達障害を持つ親の虐待には特徴がある
そう考えると、拙著『子どもをうまく愛せない親たち 発達障害のある親の子育て支援の現場から』のテーマともなっている発達障害がある親の虐待というのは、わざわざ「発達障害のある」と断り書きをしなくてもいいのではないかと思われる人もいるかもしれない。
確かに、発達障害があるから、それが直接に虐待に結びつくというわけではない。しかし、筆者がなぜそこに関心を向けたかと言うと、一般の親(ここでは発達障害のない定型発達の親という意味で使用する)の虐待と発達障害の親の虐待とを比較すると、そこには虐待に至るメカニズムがずいぶんと異なっている点があったからである。
それゆえに、発達障害のある親に一般の親へのかかわりや支援と同じように虐待対応をしていたのでは、なかなか改善が図れないばかりか、逆に虐待の悪化を招いてしまうことさえあることに気づいた。
もっとも筆者の胸に刺さったのは、発達障害の親自身が、外から見ているとわかりにくいものの、自分の子育てに深く苦しみ、それを周囲にも理解されずに孤軍奮闘している姿が見えてきたところであった。そして、筆者が何度もくどいように言いたいのは、発達障害のある親が必ず子どもに虐待をしてしまうということでは決してないということである。発達障害者=虐待者ではない。
そのことを理解した上で、この章では、親に発達障害があることが虐待にどのようにつながっていくのかを論じていくが、まず筆者にそれを気づかせてくれ、発達障害のある親の虐待についての研究を進めさせてくれた事例を紹介したい。
「娘さんの気持ちをわかってあげて」と伝えたが…
筆者は家庭裁判所調査官として勤務をしていた頃から虐待について関心を持ち、事件の処理やそれらの研究に従事してきた。
裁判所を退職後も、児童相談所はもとより市町村の福祉事務所ともかかわりも深く、しばしばケースのスーパーヴィジョン(指導)を職員にし、ある時期は市町村での要保護児童対策地域協議会という虐待対応の地域ネットワークの会の代表をすることもあった。そんな活動をする中で出会った事例である。
小学校1年生の女児の母親のAさんである。Aさんはわが子を殴ったり、ひねったりする身体的虐待を与えていたため、児童相談所に通告がなされた。担当の児童福祉司はこのAさんを呼び出し、「お母さん、娘さんにもっと愛情をかけてあげてくださいよ。そして、娘さんの気持ちをもっとわかってあげてくださいね」と言って指導した。
Aさんは児童福祉司の言うことに反論することなく素直に聞いており、「そうします」と返答した。児童福祉司は、その母親Aの様子からすると、こちらの言わんとしていることをわかってくれたと少し安堵し、2週間後に再度児童相談所に来てもらう約束をして、このときは女児とともに家に帰ってもらうことにした。