「こんなひどいカキは初めて見た!」
当時、日本産のカキは基本的に国内で流通しており、海外での存在感は乏しかった。そんななか、鈴木はケーエス商会を代表して東南アジア各国を飛び回り、少しずつ顧客を開拓していた。
現地の輸入業者と一緒に飛び込み営業していたときのことだ。香港のレストランで「生きたカキはないの?」と聞かれた。
「うちは冷凍カキを専門にしています。冷凍の前段階として生きたカキは必ずあると思いますが……」
「つまりあるということ?」
「はい、絶対にあります!」
日本に戻るとすぐに広島産の生ガキを仕入れ、20~30個を箱に詰めて空輸便で送った。あまり深く考えずに。
しばらくしてクレームを浴びせられた。「こんなひどいカキは初めて見た! 身入りがばらばらだし、殻の形もとんでもなく悪い。こんな代物はお客に出せない」
今の広島産では「生のマーケット」で勝負できない
面食らった。日本で一番有名な広島産がそんなに悪いはずがない……。
「何が悪いのか教えてください」
「うちではアメリカやヨーロッパ、オーストラリアから生ガキを輸入している。それと比べたら全然駄目」
ここで初めて気付かされた。海外は圧倒的に「生のマーケット」であり、カキの食べ方も養殖方法も全く違うという事実に。グローバルに打って出るなら生食用カキの最高峰を目指さなければ駄目だ!
日本ではむき身に火を通して食べる文化が一般的であるのに対して、海外では生食用カキが殻付きのままで流通している。一流レストランやホテルで提供される高級品としても扱われるから、殻の形もきれいにそろっていなければならない。
夢中になる対象を見つけた若き起業家。となれば次に必要となるのは舞台だった。ジョブズがパソコン開発に夢中になり、そのための舞台として自宅ガレージが必要となったように。
「クレーム事件」から数年後の2011年5月、鈴木は民宿に泊まりながら広島県内を福山市から廿日市まで旅していた。生食用カキの最高峰を生産するための舞台を求めて。
途中、大崎上島行きのフェリー乗り場が目に入った。船でないと渡れない離島にロマンを感じ、すぐにチケットを購入してフェリーに乗り込んだ。