カキの名産地・広島でスタートアップ企業が新しい風を吹かせている。独自製法で海外にも通用する殻付きカキを養殖しているのだ。「海なし県」で育った社長が、カキ養殖を始めた理由は少年時代までさかのぼるという。フェリーでしか行けない離島にたどり着くまでをジャーナリストの牧野洋さんがリポートする――。(後編/全3回)

スティーブ・ジョブズが語った「大切なこと」

中編からつづく)

アメリカを代表する起業家、故スティーブ・ジョブズ。米スタンフォード大学の卒業生を前に行った伝説的スピーチには次の一節がある。

「本当に好きなことを見つけて、それを生涯の仕事にする──これが何よりも大切です。充実した人生を送れるかどうかのカギなのです。まだ見つけていないのならば、諦めないで探し続けてください」

サラリーマンはさまざまな制約を受け、好きな仕事を任されるとは限らない。嫌な仕事を命じられてストレスをため込むことも多い。

起業家は違う。オーナー兼経営者であるから自由に仕事を選べる。うまく事業を拡大できれば、生涯にわたって好きな仕事に熱中できる。ジョブズのように。

瀬戸内にもそんな起業家がいる。広島県の離島・大崎上島でカキ養殖を営むファームスズキの創業者兼社長、鈴木隆(48)だ。

養殖池をバックに鈴木社長。1976年、東京生まれの埼玉育ち
撮影=プレジデントオンライン編集部
養殖池をバックに鈴木社長。1976年、東京生まれの埼玉育ち

「日本の食料自給率は低過ぎます。ショッキングなほどに。日本はこれだけ海に囲まれているのだから、イノベーションを起こせば自給率を高められるはずなのに」

ビジネスについて語り始めると饒舌じょうぜつになる。自分の仕事に熱い思いを抱いているからだろう。

小学生で終わらなかった「魚好き」

広大な養殖池を見渡せる本社オフィスでインタビューに応じたファームスズキ社長。「カキ養殖を始めたいきさつは?」と問われると、いきなり自分の少年時代について語り始めた。

「海のない埼玉で育ったんですけれども、魚釣りが大好きだったんです。小学校低学年のころから、川でコイやフナを釣って自宅で飼育するような毎日を送っていました」

ファームスズキ本社内には社長愛用の釣り竿がずらりと並ぶ
撮影=プレジデントオンライン編集部
ファームスズキ本社内には社長愛用の釣り竿がずらりと並ぶ

中学生以降になっても魚釣りに明け暮れていた。クラブ活動に熱中するクラスメートを横目にしながら。そのうち大学でも水産コースを専攻して、魚と触れ合いたいと思うようになった。

結局、山口県の水産大学校へ進学することになった。東京海洋大学を第1志望にしていたものの、「センター試験でA判定が出たことで気が緩み、2次試験で失敗してしまった」と苦笑いする。