そこに集まった人々は雨なので当然、私たち親子も含めて皆、傘を差している。

しかし傘を差したままだと、少し後ろの人たちは誰も長和殿のベランダにお出ましになる天皇陛下をはじめ皇室の方々のお姿を拝見できない。

それを残念がる声も聞こえてきた。首都圏だけでなく、地方からはるばる上京してきた人もいることを思うと、気の毒だ。

人々は次々に傘を閉じた

ところが、やがてお出ましの時刻が近づいたことを知らせる宮内庁職員の放送があると、誰かに言われたわけでもないのに、前の方から次々と静かに傘が閉じられていく。それまで目の前を覆い尽くしていた傘の海が、サーッと潮が引くようにたちまち消え去った。

雨は変わらずに降り続いている。しかし、人々は雨に濡れながら、自発的に傘を閉じていった。これは思いもよらぬ不思議な光景だった。

少なくとも私の視野が及ぶ範囲では、小さな子供が玩具のような傘をそのまま差し続けていたのを除き、傘はまったく見えなくなった。その結果、皇室の方々がお出ましになるベランダを見上げる視野は、一挙に広がった。

やがて皇室の方々がベランダにお出ましになった。天皇・皇后両陛下、敬宮殿下、秋篠宮・同妃両殿下、佳子内親王殿下だ。

皇室の方々がお出ましになると、人々は一斉に日の丸の小旗を振って、お祝いの気持ちを表した。

みんなが傘を閉じたために、人々の祝意にお応えになるためにお出まし下さった皇室の皆さまのお姿が、参賀者一人ひとりの目にしっかりと焼き付けられたはずだ。「春風のような初々しいお手振り」(永井貴子氏「AERA dot.」2月24日7:00配信)と報じられた敬宮殿下を間近に拝見して、そのにこやかな笑顔がひときわ輝いて見えた人も少なくなかっただろう。

娘の話では、最後まで傘を差していた外国人のカップルが周りの様子に気づいて、あわてて傘を閉じた場面を見たとか。彼らの目に、日本人のマナーはどのように映っただろうか。

写真=iStock.com/Julia_Sudnitskaya
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「穏やかな春となるように」

やがて天皇陛下からマイクを通して参賀者におことばを賜った。

能登半島地震へのご懇篤なお見舞いの後、「この冬も、大雪や厳しい寒さで苦労された方も多いことと思います。皆さん一人一人にとって、穏やかな春となるよう祈っております」とお述べになった。

陛下のお優しいお声に接し、心から安らぎを覚えたという人もいた。

私が実際に体験したのは2回目のお出ましの時のことだったが、1回目も3回目も同じように傘を閉じる光景が見られたようだ。