日本国が機能しなくなる可能性

では、天皇不在によってどういったことが起こるのだろうか。

簡単に言ってしまえば、日本国は機能しなくなるのである。

この点について、私は2015年に刊行した『戦後日本の宗教史 天皇制・祖先崇拝・新宗教』(筑摩選書)のなかで指摘した。しかし、その指摘に着目してくれたのは、当時、第2次安倍政権の内閣官房参与で、首相のスピーチライターだった谷口智彦氏だけである。

天皇は、日本国憲法において、日本の象徴、日本国統合の象徴とされているが、果たさなければならない重要な事柄がある。それが、「国事行為」である。

国事行為には、内閣総理大臣や最高裁判所長官の任命、国会の召集や解散、総選挙の実施、法律・政令および条約の公布などが含まれる。

もちろん、国事行為を行うには、内閣の助言と承認が必要であり、天皇が勝手にできるわけではない。

しかし、天皇が不在になれば、ほかには誰も国事行為を果たすことはできない。となれば、日本国はその瞬間に機能しなくなる。国会の会期中であれば、議論はできるかもしれないが、そうでなければ国会さえ開けないのだ。

そのとき慌てて憲法を改正し、共和制に移行しようとしたとしても、憲法改正の公布も天皇の国事行為に含まれている。

誰もそうした事態が起こることを想定していないし、想像もしていないだろう。だが、その可能性が絶対にないとは言えないのだ。しかも、これから30年後、あるいは50年後を考えてみるなら、その可能性は今よりはるかに高まっているはずなのである。

緊急事態条項に「天皇不在」を考慮せよ

天皇不在は非常事態である。

憲法改正をめぐっては、大きな災害やテロが勃発した際に、国会の機能を内閣が兼ねる緊急事態条項を盛り込むべきだという主張がなされているが、本来なら天皇不在という状況も考慮すべきである。

天皇不在で国事行為が行えなくなったとき、緊急手段としてさまざまな手立てが講じられるであろうが、議論も百出し、収拾がつかなくなる可能性もある。そのとき、その混乱につけこむ勢力が出てくる危険性だって十分に考えられるのだ。

普段考えてみることもないことかもしれないが、天皇は国家の存亡を左右する最重要の存在なのである。

ただ、天皇不在という状況が生まれたとき、一つだけそれを救う手立てがある。

それが「摂政せっしょう」である。

皇室典範の第16条においては、「天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。また、天皇が、精神・身体の重患か重大な事故により、国事行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く」と定められている。

皇太子時代の昭和天皇が、病いに陥った大正天皇の摂政になったことはよく知られている。その時代には旧皇室典範だが、内容は現在とほぼ同じである。

大正天皇の肖像(写真=毎日新聞社「天皇四代の肖像」/宮内省/PD-Japan-oldphoto/Wikimedia Commons