衣装がないなら、作ればいい

着物問屋の取引先は10件ほどある。問い合わせれば対応してくれるところがあるかもしれない。

「取りあえず、一度探してみるね、って言ってしまったんです。それで、貸衣装代はいくらだって聞かれたから、通常タイプの羽織袴だと3万9800円ぐらいかなって」

金さん、銀さんが帰った後、池田さんは電話をかけた。

「うちにはないね」
「今まで一度も取り扱ったことないよ」
「黄色とグレーならあるんだけどねえ……」

10戦10敗。どこに聞いても取り扱いがないと言われてしまった。二人には正直に伝えるしかないと思ったが、店に再びやってきた金さん、銀さんを前に、どうしても言えなかった。彼らの手には、それぞれ1万円札が握られていた。

「俺ら、成人式のお金は親やなくて、自分で働いてちゃんと払いたいんよ。少ないけど、これから毎月、支払える分だけ持ってくるけ!」

金さんは建築関係の仕事、銀さんは酒屋のアルバイト。月末になると決まって1万円札や千円札を握りしめてみやびを訪れるようになった。話をすると謙虚で人懐っこい笑顔を見せる2人。「これ、今月分です!」と目を輝かせながらお金を持ってくる彼らを見て、池田さんは腹を括った。

「ないなら、作るしかないって。それに、私が作るのだから、絶対に安っぽいものにはしたくない」

ブライダル中心の衣裳店だったみやび。成人式用も貸し出していたが、扱う品はどれも既製品だった。しかし、着物のプロとして、絶対にただ派手なだけのチープな着物にはしたくない。そこから前代未聞の金一色、銀一色の羽織袴作りが始まった。

筆者撮影
20年分のド派手衣装が積み重なるみやびの店内。新成人から要望を聞き、大量の衣装の中から希望に近いものを提案している。

ゼロからの着物づくり

着物問屋に問い合わせようやく金襴と銀襴(金と銀の生地)が見つかった。知り合いの縫製工場に頼み、その生地で羽織・袴を織ってもらうことにした。

「いくらなんでも1着ずつ織ってもらうわけにはいきません。正確な枚数は忘れてしまったけれど、金と銀、数枚ずつ織ってもらいました」

完成した頃には季節は秋を迎えようとしていた。

「結局、合計で百数十万円かかってしまいました。でも、金さん、銀さんにはすでに3万~4万円と伝えてしまっています……。今思えば、プラスで請求してもよかったんですけどね」

筆者撮影
当時の思い出を語る池田さん。本人はシックで落ち着いた色合いを好み、この日も上下黒の服装。

現在ならフルオーダーでのレンタル料は製作費の半分程度、平均20万~30万円かかる。しかし、できあがった衣装を見て大喜びする金さん、銀さんに、池田さんは追加料金を請求できなかった。

「着物は次の年も貸し出せるので、3周目ぐらいまでには黒字になるはずなんですよ。でも、あるものをそのまま着てくれる子なんていないから、毎年いろいろ追加して、大きくはもうかりません」

金と銀の羽織袴で成人式会場のスペースワールドに乗り込んだ金さん、銀さん。成人式後、自分たちがどれほど会場で映えたかを語る彼らを見ていたら、お金なんて後からどうとでもなると思えた。