鉄道好きにも住民にも求められるライフライン

私が査察に訪れたのは12月。1週間で5カ所を回るという体力的にかなり骨の折れる出張でしたが、ダージリンとシムラの鉄道に乗せてもらいました。

ダージリン鉄道路線は、山岳鉄道のイメージを地で行く車両や駅が多く、列車には「ヒマラヤン・プリンセス」などそれぞれに名前も付けられ、姿も愛らしい観光列車のおもむきもありましたが、実際には住民もいまだにこの鉄道をライフラインとして使っています。

鉄道が開通した当時から、その周辺にはすでに住居地区があったので、住宅も店舗も線路のすぐ横に建っており、電車が走っていない間、線路に椅子を持ち出してのんびりとダージリンティーを飲む人々の姿も見られました。

これを安全上、保全上、危険だと問題視する向きもあります。しかし世界遺産の中には、登録以前からその場所に居住していた人々がたくさんいるケースもあることから、簡単に住民の立ち退き要求や土地のステータスを変更することはできません。

鉄道車両やエンジンの維持や修理を行っているダージリンの工房は、こちらも技術装置など見どころが多く、鉄道好きな方には必見の場所ではないかと思います。新しい建築物や、住居などの景観への影響は指摘されますが、車窓からはどこまでも広がるダージリンのお茶畑や、万年雪をいただくヒマラヤの霊峰カンチェンジュンガを臨むことができました。

ダージリン鉄道の沿線には多くの駅があり、観光ルートらしく、小さな博物館や展示コーナーが設置されているところが多いです。渓谷の間に建てられた、英国風のティーハウスも素敵でした。

カルカ・シムラの方は、さらに実用的な鉄道として多くの人に使われており、3つとも現在でもその機能は変わらないままです。

海洋遺産はガラパゴス諸島に始まり50件

海洋遺産は、言うまでもなく自然遺産のひとつの分野で、1978年、条約が発効して最初に登録された遺産の中に、海洋遺産としてすでにガラパゴス諸島(エクアドル)がありました。

世界遺産条約局には、「海洋遺産プログラム」があり、この分野に当てはまる世界遺産案件に対し、独自の支援プログラムを展開しています。

現在、海洋遺産として数えられる案件は37カ国に50件あります。いずれも、海洋の生物多様性、エコシステム、地質学的プロセスや景観美を誇ります。

しかし、気候変動、海洋汚染、開発の進行などにより、いくつかの海洋遺産は大きな危機に瀕しており、中でもオーストラリアの「グレート・バリア・リーフ」は、2012年ころから沿岸部での港湾施設の拡大による水質変化、海水温の上昇などのため、その主要な構成要素であるサンゴ礁が白化する現象が加速しています。一時期は危機遺産リスト入りも検討されるほど深刻な問題を指摘されていました。

写真=iStock.com/mevans
※写真はイメージです

登録当時、海域には400種のサンゴ、1500種の魚、4000種の軟体動物が観察される世界最大のサンゴ礁があり、オオミドリウミガメやジュゴンなど、絶滅危惧種も確認されていました。

海洋遺産は、範囲が広域にわたることと、人間には必ずしも完全にコントロールできない環境変化なども影響するため、その保存にはさまざまな角度からの研究や総合的な対策が必要になります。オーストラリア政府は2050年をターゲットにした海域持続計画を打ち出し、水質の向上などを目標に活動しています。