手塚治虫の名作『火の鳥』でも描かれた集合体意識

私は子どもの頃、手塚治虫の『火の鳥』という漫画をよく読んでいました。その中に「コスモゾーン」という概念が出てくるのですが、これは多くの意識の集合体であり、ふたりの主人公の心が融合し一体化するという結末で登場しました。後年の作品でいうと大友克洋の『AKIRA』という漫画でも多くの意識や物質が同じように融合するという結末があります。少しだけリアリティーを持たせると、『スター・トレック』というSF作品のシリーズでは、機械につながれた個人の意識が一体化しているボーグという存在が繰り返し出てきます。このような集合的な一体感を、年を取るとともに感じるのだと考えています。

私が老年的超越の研究を進めるに至ったきっかけは、研究所勤務時代に別の部門の部門長を務めていた高橋龍太郎先生のこの理論についての文章を読んだことにあります。その後直属の上司になり、老年的超越の概念を整理する際に多くの示唆をもらいました。当時、高橋先生はこのことを「一体感」(Oneness)と呼んでいました。現在私は「つながり」と呼んでいますが、当時の議論がなければ老年的超越について理解が進むことはなかったでしょう。

周囲の人とのつながりを意識することで精神的な健康を保てる

ユング心理学では、多くの人が気がつかないだけで、共通して持っている何かが存在すると考えられています。自分が自分だけでは存在しておらず、何かとつながっているという感覚を人間は持つことができます。私の場合は、大きな会場で開かれるコンサートに行った時に、自分が他の聴衆とひとつになっているような感覚を持つことがあります。この感覚は座禅を組んで呼吸をする中で、自分の中に宇宙を取り込んでいく感覚に近いものがあると感じます。

権藤恭之『100歳は世界をどう見ているのか』(ポプラ新書)

このように人間を含んだ物質世界だけでなく、精神世界などさまざまな領域の間隔が近くなり、境界が明確でなくなったような感覚を年齢とともに感じることが多くなるというのが宇宙的意識の変化だと説明できるでしょう。

百寿者たちは昔の思い出話を、「今、ここで」経験しているかのように話すことがあります。昔、東京の港区に住んでいたことがある百寿者は、近所に住んでいた有力な政治家のお嬢さんが家から馬車に乗って出かける時、いつも馬車の窓に頰杖をついていた様子を「あまりお行儀がよくなかったわね」と批評しながら話してくれましたが、その語り口調は昔を懐かしんでいるというより、ついさっき見たことを話しているかのようでした。特に亡くなった配偶者やお子さんとの思い出を、つい昨日のことのように話す人が多い印象があります。

写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです

年を取るとどうしても身体機能や認知機能が低下して健康状態は落ちてきます。しかし、だからといって、機能が低下していることが不幸せに直結するということではありません。多くの例で示したように、精神的な健康を保ち、「老年的超越」を高めて幸福度を高くすることは可能なのです。

関連記事
【第1回】「老年的超越に入ればヨボヨボでも幸せ」阪大教授が注目する100歳超で「フニャフニャスルリ」という終わり方
金持ちの高齢者がなかなか幸せになれない理由…和田秀樹「幸せに死んでいく人」が共通して持っているもの
「僕は101歳まで生きたい」86歳養老孟司が2038年に起こる説の天災を日本がどう乗り越えるか見届けたい理由
日本の冠婚葬祭は派手すぎる…そう話す精神科医が「これ以上の葬儀はない」という"人生最期のあり方"
日本人はダムに堰き止められ“放水”されて逝く…今後50年続く多死社会で一番安らかに眠れる場所はどこか