法務省の方針の「机上の空論」

僕らの生活の一部始終は刑務官のお世話になっている。

刑務官は受刑者からの生活上のさまざまな願いごと――やれ宅急便の送り状をくださいだの、やれ髭剃りの電池を交換してくださいだの――をいちいち訊かなくてはならないし、他にも本や雑誌や日用品の購入・交付だの、差し入れ品の配布だの、医療受診の希望を聞くだの、運動場や共同浴場に付き添うだの、面会所や医務室まで連行するだの、あらゆることに刑務官の手が必要とされている。

こんなにてんてこ舞いの刑務官が一人ひとりの受刑者とじっくり対話して、それぞれの内面に向き合うなんて絶対に不可能だ。現在の態勢のままで、「教育・指導」を「作業」と並ぶ処遇の柱に据えることは、現実離れした机上の空論でしかないし、あまりにも現場の職員たちに対して酷である。

喜連川には月に4回の「矯正指導日」がある。これは他の刑務所の倍の日数だ。矯正指導とは、終日居室にいて(つまりこの日は工場に出ないで)、録画された番組――「カンブリア宮殿」とか「ガイアの夜明け」とか「ハートネットTV」など――を観て感想文を書いたり、自分の過去を振り返って作文を書いたり、最近読んだ本の読書感想文を書いたり、自主学習したりする。

再犯受刑者の心打った映画の名前

また、「こころのトレーニング」という、怒りや不安、問題への対処についてのワークブックがあるのだが、1年目の受刑者はこの本に従って自分を省みるように指導される。

ところが、これらの矯正指導のプログラムには特段、職員の指導は付かない。受刑者の自主性に委ねられているだけだ。

人間誰しも、反省に踏み出すには苦痛を伴う。できれば反省したくない。だからこそ、刑法等改正による改革では、受刑者に反省を任せきりにするのではなく、心の内面をぐっと掘り下げ、内観や内省を強力に促す取り組みが必要になると僕は考える。

現状では、矯正指導日をただ漫然と過ごし、単に「作業に出なくていい休みの日」くらいにしか思っていない受刑者もいるのでは、と案じている。人生をやり直す、またとない貴重な機会なのにね。

再犯して刑務所に戻ってきた受刑者が、「刑務所に過去の自分と真剣に向き合うプログラムがあったらよかった」と発した言葉が僕の耳から離れない。

河井克行『獄中日記 塀の中に落ちた法務大臣の1160日』(飛鳥新社)

そんな矯正指導日に放映された映画『0からの風』は、僕の心を揺さぶった。実話に基づく映画で、19歳の早大新入生が、無免許・無灯火の飲酒運転者によって、理不尽にも死亡した事故を描いたものだ。

田中好子演じる犠牲者の母親が、土砂降りの事故現場に突っ伏して号泣する場面や、刑期を終え出所した加害者と対峙するところで涙が溢れた。その母親らが始めた「生命のメッセージ展」が喜連川社会復帰促進センターで開催された。罪を犯すことの悲惨さ、罪を償うことの意味を考えさせられた。工場の仲間たちも「心に応えた」と呟いていた。こういう取り組みを今後もぜひ期待したい。

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