なお、この労働補完型か労働置換型かという議論は、あくまでも影響を受ける労働者の視点からの問題となります。どちらの技術であっても、最終的に産業発展が起きれば、それらの技術を採用した資本家や後世の人間は、その発展の利益を享受できます。
初期の産業革命で生まれた技術はほとんど労働置換型でしたが、人類の産業の発展という観点で見ると、すさまじい恩恵をもたらしました。
生成AIは労働補完型か、労働置換型か
それでは生成AIは労働補完型の技術なのでしょうか。それとも労働置換型の技術なのでしょうか。
実は、その技術がどちらであるかは、技術そのものだけを見てもわかりません。仕事の一部を自動化するのは補完型/置換型のどちらでも同じですが、人間が介在する余地が残るかどうかは、その仕事の元々の複雑さに依存します。元の仕事が一定以上複雑な場合、技術を投入しても、その技術自体をコントロールする人材や最終的な出力を責任を持って選択する人材は、依然として必要です。
また、その技術が新しい仕事を生み出すかどうかは、正確に予測しようがありませんし、もし生み出すとしても、その仕事がどのようなものになるかは未知です。
現時点では、研究者の間でも意見が分かれています。どちらかというと、生成AIは労働補完型の技術であり、既存の労働をより生産的に、より快適で質が高いものにするという説が多い印象です。
ただし、完全に今の雇用が維持されるという楽観的な考えもまた少ないようです。新たなスキル獲得に向けた教育の提供や、雇用が失われた場合のセーフティネットの整備など、社会的、政治的な取り組みの必要性が強調されています。
生成AIによる生産性向上を示す複数の実験結果
ここからは具体的に、労働のどのような領域に生成AIが関わってくるのか、そしてそれがどのような恩恵をもたらすかを見ていきます。
生成AIがどれだけ経済的な利益をもたらすのか、どれだけ生産性を向上させるのかについては、すでにいくつかの試算が出ています。
マッキンゼーの報告では、生成AIにより670兆円以上の経済効果が世界にもたらされるとしています。これはすさまじい額です。イギリスの国内総生産が450兆円程度ですから、生成AIによってイギリス一国の1.5倍もの経済効果が世界にもたらされることになります。
マサチューセッツ工科大学(MIT)は、プレリリース、短文レポート、分析報告書や計画書、電子メールでのやり取りなど、文章執筆に関わる仕事に関して、生成AIが与える具体的な影響について調査しています。
それによると、ChatGPTをこれらの仕事に使うことにより、仕事を終えるまでの所要時間が平均40%減少し、アウトプットの質も18%向上したとのことです。この実験でChatGPTに触れた労働者は、「実際の業務でChatGPTを使用したい」と答える割合が実験後に2倍になっています。