処方に際して医療関係者に熟慮を求める
トベイキと共著者のハジェル・エルクートは、欧州医薬品庁(EMA)が運営する有害事象の管理・分析システム「ユードラビジランス」を精査。21年1月~23年5月に報告されたセマグルチド(オゼンピックとウゴービ)、同種の薬剤のリラグルチド(日本での商品名ビクトーザ)とチルゼパチド(商品名マンジャロ)に関する事例を分析した。
それによると、対象期間中の有害事象報告数は3万1444件。精神科的有害事象は計372件だった。
「報告数のうち女性の割合は65%(242件)で、男性は29%(108件)だった」と、トベイキは言う。「自殺行動や鬱に起因する致死事例では、男性が圧倒的多数(9件中8件)を占める。目を向けるべき深刻な問題だ」
裏付けにはさらなる研究が必要だが、今回の結果は処方に際して医療関係者に熟慮を求めるものだ。
「患者の自殺願望・自殺未遂歴の有無を考慮する必要がある」と、トベイキは指摘する。「論理的には、患者に精神的問題があるなら、代替の薬剤や治療法について話し合うべきだ。患者側は、気分や行動に変化を感じたら、医師や保健当局に報告してほしい」
「心疾患リスクの低減など、これらの新薬が持つ効果は危険性を上回ると、私自身は考えている。だが報告事例の種類や深刻度を考えると、潜在的有害性を真剣に受け止めなければならない」
ユニバーシティー・カレッジ・ロンドン(UCL)の精神神経科学教授で、同大学特別フェローのマイケル・ブルームフィールド(トベイキらの研究には関与していない)も、同じ見方をしている。
「副作用の潜在的重症度を考えれば、さらに研究が必要だという著者らの意見に賛成だ」と、ブルームフィールドは本誌に語った。「どんな人が特にリスクが高いのか、どうすれば自分の身を守れるのか、後続研究なしに理解するのは現段階では難しい」
「鬱や自殺願望が以前から存在する場合、こうした潜在的副作用がより起こりやすい可能性はある。だが、答えはまだ分からない」
ただし、精神科的副作用の発生率は極めて低いと、ブルームフィールドもトベイキも強調する。有害事象を体験した「患者に、薬剤使用開始時に精神的な問題があったのかという点もはっきりしない」と、トベイキは話す。「注意深く解釈する必要がある」