なぜ出し惜しみするのか

【江夏】私的に言わせてもらうと、企業が給与を上げ渋ることによる経営上のインパクトをもっと考えてほしい。会社はケチだと見透かしてしまった社員が会社にもたらすものは何か。こうした冷めた関係が経営目標の達成を阻害しているかもしれないんです。賃上げは当然費用を伴いますが、従業員による貢献意欲、他社に先んじて上げることで得られる評判、労働市場での競争力を考えると、投資として悪くない。日本の人事は、経営者や財務部門など、社内ステイクホルダーを説得することの大変さもあってか、「労働力はコスト」という固定観念にとらわれ過ぎているのかもしれません。

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【海老原】「コスト」と思って出し惜しみするのは、江夏さんのいう「市場がない」ことにもよるでしょうね。アメリカだと、給与が高くないと転職者が集まらないから、上げざるを得ません。日本の場合、辞めないから採らない。だから市場ができず、外部採用などしないのだから、昇給は社内コストの増加にしかならないと。

日本には給与を上げるメカニズムが働いていない

【江夏】より正確にいえば、賃金体系だけではなく、福利厚生や教育費も含んだトータルの人件費を見るべきでしょう。この企業で働くといい目を見られそうだ、近しい人にも勧めたいと働く人に思わせるように、お金をかけられるかどうかです。

【海老原】「辞めないし、採らない」と、それをさぼるわけです。アメリカは市場という“荒波”にさらされている。ヨーロッパは産業横断組合が社会に組み込まれている。どちらも給与を上げるメカニズムが確立されているが、日本には両方ともない。

【江夏】人的投資しないと社員が頑張らないのが欧米で、日本はそれをしなくても頑張る経営をやってきたというわけですね。日・欧米で歴史的経路は異なりますが、現在は経営がグローバル化し、しかも世界的な労働力不足なので、「日本に閉じた」論理が通じなくなっていると思うんです。

【海老原】ただ、労働力不足といっても日本の場合、この30年間で大卒者が1.6倍に増えています。以前は四大卒の多くが男でしたが、今では女性も四大に行くようになり、それが人口減少分を補っているので、学生レベルはさほど落ちていません。むしろ決定的に減っているのは、非ホワイトカラーと非正規領域です。この領域で人材不足ますます深刻になり、獲得競争が激化するでしょう。

【江夏】同意します。最近は非正規の給与もどんどん上がっていますから。