「嫁さんに不自由させて、おまえはなんて奴なんだ!」

そんなに父親が嫌ならば、地元を離れて暮らす選択肢もあっただろう。ところが家庭を持ったことによって、剛は父親の呪縛から逃れられなくなっていた。

「いまの給料じゃ、旅行も行けないじゃない! 子どもに不自由させたくない! お父さんに仕事紹介してもらってよ」

剛にとっては屈辱的だったが、妻の冴子がどうしてもと言い張るので親のコネを使うしかなかったのだ。冴子は、生活に不満があるといつも父親に相談し、経済的な援助を受けていた。その度に剛は、

「嫁さんに不自由させて、おまえはなんて奴なんだ!」

と父親から暴言を吐かれ殴られていた。

「子どもができてから冴子は、お金、お金と父親に依存的になり、父は、孫のためと言えば援助を惜しまないので、妻は私ではなく父の経済力を当てにするようになっていました」

剛は妻の言動に深く傷つき、体中から怒りが込み上げてくる瞬間があったという。

「妻を殴りたい衝動にかられるのですが、そんなことをしたら妻は父に言いつけ、父から半殺しにされるのはわかっていますから、できなかっただけです」

剛の父親は子どもたちだけでなく、妻にも日常的に暴力を振るっており、剛は父に殴られる母親を見て育っていた。

大人になっても父親に頭が上がらない、妻子にも必要とされていない、自分が情けなくて仕方がないという怒りは、暴力として無抵抗な女性たちに向けられることになった。

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被害者には謝罪したが、家族に対しては…

地元の名士から、凶悪連続性犯罪者の親となった父親の人生は生き地獄そのものだった。地域の人々からは白い目で見られ、多額の賠償金の支払いによりに財産を失い、これまで培ってきた地位も名誉もすべて、事件によって奪われてしまった。

剛の犯行は、潜在的に、父親の支配から逃れるための復讐だったのではないだろうか。犯罪によって、家族を「加害者家族」にすることで、殺されるより過酷な状況に追い込もうとしたのだ。

剛は法廷では無表情だったが、筆者が拘置所で面会したときは、被害者に対して取り返しのつかないことをしてしまったと、泣きながら後悔の念を見せていた。

一方、妻子に対しては、

「今後の生活費は父親がなんとかしてくれるでしょうから大丈夫でしょう。どうせ娘が成人するまでここを出られませんし、こんな父親はいないほうがいいと思います」

と、気に掛ける様子さえなかった。

剛は、妻子にとって自分は、いてもいなくてもいい存在だと思っていた。それゆえ妻子の存在は、犯行の抑止にはなり得なかったのである。