病院に行けなくても不健康になるわけではない

2011年の東日本大震災のとき、多くの医療機関が被害に遭って、一定期間、病院を受診できなかったり、薬が手に入らなかったりした人も少なくなかったはずです。しかし、それで症状が悪化し、取り返しのつかなくなった人がいたという話は聞きません。つまり、行かなくてもいい病院に行き、のまなくてもいい薬をのんでいた人が多かったということです。

2021年に新型コロナウイルスの蔓延で緊急事態宣言が出されたときも、クリニックで感染することを恐れて、特に小児科の受診者が激減したそうですが、それはとりもなおさず、受診しなくてもいい子どもたちが心配性の親に不必要に受診させられていたことの証左でしょう。

医療も営利で成り立つ業界ですから、顧客を増やすことに熱心であるのは致し方ないですが、偏った情報やあざとい手法で一般の人を不安に陥れ、必要がない人まで医療に導き入れることには疑問を感じます。まるで宗教が「地獄に堕ちるぞ」「悪魔に取り憑かれるぞ」と脅して、信者を集めるのと同じに見えます。

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「欲望肯定主義」が不幸をつくりだす

今の日本はこれまでにないほど自由で平和で豊かです。だからだれもが幸せかというと、必ずしもそうではありません。自由で平和で豊か故の問題が、さまざまに噴出していますから。

そのひとつが“欲望肯定主義”が作り出す不幸です。

欲望肯定主義とは、我慢する必要はないという気前のいい発想であり、また我慢しなくてもいいという優しい目線でもあります。それはすばらしいことのように見えて、これまでにはなかった不満、不愉快、不幸を作り出しています。

たとえば、安易な“甘い汁情報”の氾濫。

「楽にやせる」「すぐに儲かる」「安くてうまい」「元気で長生き」などで、多くの人々を引き寄せます。中には額面通りのものもあるでしょうが、大半は絵に描いた餅でしょう、そもそも矛盾しているのですから。

こういう安易な情報が広がると、人は楽をすることがデフォルト(初期設定)となり、本来、人生にとって必要な努力とか忍耐とか工夫を遠ざけてしまいます。

コブクロが「LOVER’S SURF」で「高望みしたってかまわない」と威勢よく歌うと、なんだか希望が持てる気がしますが、そもそも「高望み」はこれまで否定的に語られていた言葉です。私も子どものころ、親からよく「高望みをするな」と言われたものです。それは高望みが失敗や不幸につながる危険性が高いからです。