「正解探し」ではなく「正解がない物事を決断する」技術

元サッカー日本代表監督の岡田武史さんの「決断とは、答えがわからないからするんです」という言葉があります。それに照らすなら、悪しき意思決定はどれも「答えがある」という前提で動いてしまっています。要するにどれも「これまでの認知と尺度にのっとった決定」になってしまいがちなのです。

「偉い」というのも、今日までの過去の実績によって「偉い」場合がほとんどですし、「事例」なんてまさに、過去の話です。それでなされる意思決定は常によそがすでに実行し終えたあとの「後手を引く」ということになります。

「多数決」も、新しい尺度を示したうえで最終的に決を取るのは悪くないかもしれませんが、「どう決めたらいいのかわからないし論点が錯綜さくそうしているから、とりあえず多数決で決めちゃえ」という逃げの多数決になってしまうと、結局大多数の人の認知はこれまでの認知のままなので、その認知にのっとって行なわれる多数決の結果は、新しい意思決定になりません。

「止むに止まれず」は、論外ですよね。どうせそう決めるのであれば、初日に「えいや!」で決めて残りの時間でディテールを磨き込んだほうがきっと良い企画になったわけですから。

その結果、

「企画が通らない。潰される」
「『それ売れるの?』という悪魔の証明を突きつけられてしまう」
「『もっといい案ないの?』という終わりなき代案探しが始まる」

という現象が起こります。先行きの見えづらい時代に多くの人が望む「ここではないどこか」へは、行けそうもないですよね。それもそのはずで、現状を維持・強化するこれらの「悪しき意思決定」は、「ここ」を前提にしているのですから。

今までの認知と尺度の引力は、強力です。「売上がすべてじゃない」「競合動向がすべてじゃない」と、口では言う経営層も、いざ実際に斬新なアイデアを採択するか否かの意思決定の土壇場で、「うーん、とはいえ、やっぱり売上も大事だから」などと言ってしまい、結局はいつもの繰り返しに……なんてことも、よくありますよね。

「うちの会社は、イノベーティブな企画を起案する現場社員や若手がいないんですよ」と嘆く経営者の方の相談に対して僕は、「イノベーティブになれないのは、企画が足りないだけではなく、“イノベーティブな企画を意思決定できる仕組みがそもそも組織内に搭載されていない”せいもあるかもしれませんよ」とお伝えするようにしています。

その陰で、見えないうちに死んでいく、あるいは最初から「どうせ採択されない」とあきらめて、出されもしていないイノベーティブな企画があるかもしれない。

コンセプトがあることによって、「そもそも、これから追求すべき“新しい良さ”の尺度が定義されていない」ということを回避できます。

もちろん、意思決定する側だけの問題とせずに、企てる側も、その企てに「コンセプトが搭載されている」状態で提案することで、「この企画の“新しい良さ”とはこれである」という“決め方を決める”ことをうながすことはできます。コンセプトとは「正解探しの技術」ではなく、「正解がない物事を決断する技術」なのです。

任天堂の思いを体現するユニークなKPI

僕の好きな尺度の例の1つに、任天堂のKPI(Key Performance Indicator:重要業績評価指標)があります。任天堂にはゲーム事業を営むうえで「世帯あたりユーザー数」と「リビング設置率」という2つの独自指標をKPIにしています。

このKPIは、「年齢、性別、ゲーム経験の有無を問わず誰でも楽しめるゲームを作っていく」という法人としてのビジョンを背景に、「家族の団欒の敵になるゲームを作りたくない」という、法人としての思いがこめられています。

ゲームといえば、やりすぎてお母さんに子どもが怒られるとか、自分の部屋にこもってずっとゲームばかりやってしまって家族の会話が減るとか、何かと「家族の敵」のような悪影響について語られがちな存在であるからこそ、自社の事業が、家族の幸せに反する方向に行かないよう、そのKPIを設置したのだと思います。

それはたとえば、「個人向けのスマホゲームで、課金ユーザーを増やしていくことが売上UPには有効」という戦略仮説が生まれたとしても、「任天堂のコンセプトに反するのでやらない」という決定をすることでもあります。

「儲かる」という、ビジネスにおいて反論することが難しい強力な尺度に対して、しっかり抗いながら「新しい、自分たちらしい尺度と決定」を守るために、コンセプトを効かせられているエピソードですよね。

吉田将英『コンセプト・センス 正解のない時代の答えのつくりかた』(WAVE出版)

昨今、さまざまな法人で「非財務指標」の重要性が議論されているのも、このように、短期的な売上至上主義の「定め方」で損なわれてしまう可能性を守るためだといえます。この整理でいえば、法人における非財務指標とは「コンセプト実現度」でもあるということです。

アメリカを代表する投資家の1人ベン・ホロウィッツは、「法人にとって何が大事なのか?」という問いに対して、「お金は空気のように大事だけれど、空気を吸うために生きている人はいない。法人も同じだ。」と言っています。空気のためではなく、「何のためにその企画や組織は存在しているのか?」を定義するのもまた、コンセプトだといえます。

コンセプトがあれば、「自分たちらしく定めることができる」というのが1つ目の効果です。複雑な適応課題ばかりだからこそ、オリジナルな案を採択するための「オリジナルな決め方を決めておく」ためにも、コンセプトは必要なのです。

本書ではこのほかコンセプトの閃く、際立つなど5つの効果を解説しています。是非ご一読ください。

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