新しさとは、どのように生まれるか。電通コンセプターの吉田将英さんは「任天堂は『家族の団欒の敵になるゲームを作りたくない』という思いから、『世帯あたりユーザー数』と『リビング設置率』という2つの独自指標をゲーム事業のKPIに置く。これにより、単に儲けるだけのゲーム作りに陥らず、新しいゲームの世界観を生むことに成功している。受け手に『認知としての新しさ』を与えるには、既存の尺度の延長線上ではなく新しい尺度を設ける必要がある」という――。

※本稿は、吉田将英『コンセプト・センス 正解のない時代の答えのつくりかた』(WAVE出版)の一部を再編集したものです。

任天堂のロゴが付いたオフィスビル(フランクフルト)
写真=iStock.com/Victor Golmer
※写真はイメージです

蕎麦屋がナポリタンを提供しても「良いケース、悪いケース」の違い

「優れたコンセプト」は、誰に何をもたらしているのでしょうか?

代表的な効果は以下の5つで表せると僕は考えます。

「定まる」
ひらめく」
「際立つ」
「集まる」
「続く」

それぞれ説明していく前に1つ、僕が以前住んでいた町の蕎麦屋で実際に起こった話をさせてください。そこはけっこうおいしくて、決して有名ではありませんでしたが、地元の人にも愛されている蕎麦屋でした。

しかし、あるときからランチタイムに「ナポリタン」の提供を始めたのです。「何で急にそんなことを?」と、頭に「?」は浮かんだのは僕だけではなかったはずです。見渡す限り周りでそれを頼む人はあまりいなかったように思います。それから徐々に僕はそこに行かなくなってしまい、残念ながらそれからしばらくして店は閉まることになってしまいました。

僕にとってこのエピソードは「コンセプトを見失ってしまったことによって起こったバッドケース」だと認識しています。ナポリタンがおいしかったのかどうかは、結局僕も注文しなかったので今となってはわかりませんが、論点は「ナポリタンの単体性能の良し悪し」ではないといえるのではないでしょうか。何が起こったのかはこれから一つひとつの効果を説明することで理解してもらえると思いますが、

ナポリタンを始めてしまったことで

「お店としての存在意義が“定まらなくなってしまった”」
「自分たちらしいアイデアが“閃かなくなってしまった”」
「ナポリタンの存在によって、そのお店の存在感が“際立たなくなってしまった”」
「それまで来てくれていたお客さんが、“集まらなくなってしまった”」
「結局、そのお店が“続かなくなってしまった”」

という風に見えるのです。では、良いコンセプトを持ってそれにのっとってお店の運営をやれていたらこうはならなかったのではないか?

ここからは、コンセプトの効果の話をします。