多くの高齢者がひとり暮らしする「謎」の鹿児島県

こうした多様な地域パターンの中でも、非常に謎めいているのは鹿児島である。

地方圏では、東京のような大都市圏とは異なって年齢を問わず家族同居が多いと見るのが常識的である。山形がその典型例だろう。

ところが、図表3でも見たように、鹿児島では40代前半までの人生の前半ではひとり暮らしが少なく、家族同居が多いのに、40代後半以降、歳を重ねるに連れてひとり暮らしが多くなるという特異なパターンとなっている。

鹿児島では、高齢になると夫婦の離別や死別が増えてひとり暮らし老人が急に増えるのであろうか。それとも高齢になると子どもとの同居を解消する何らかの事情があるのであろうか。

高齢層のひとり暮らしの要因としては、そもそも未婚などで子どもがいなかったというケースも含まれるが、基本は子どもとの別居が大きい。そこで、国民生活基礎調査の3年ごとの大規模調査年に得られる都道府県別の高齢者の子どもとの別居率の推移を図表5に示した。ここで母数となっているのは子どもがいる65歳以上の者であり、ひとり暮らしだけでなく高齢夫婦も含まれている。

全国的に別居率は上昇する傾向にあり、各都道府県も全体として同じ傾向にあるが、ここでは、地域別の差に着目しよう。

子どもがいても子どもと同居していない(すなわち別居している)高齢者の割合は1986年の29.5%から上昇を続け、2022年には51.8%と半数を越えるに至っている。2022年値の高い地域のうち上位5地域は、割合の高い順に鹿児島(66.9%)、北海道(64.5%)、宮崎(61.6%)、山口(59.8%)、大阪(59.7%)である。

過去の推移を見ても上位を占めているのは、北海道を除くと西日本の各地域である点が目立っている。とくに鹿児島は、以前は2位以下を大きく引き離していて、子どもとの別居率の特に高い県だったことが分かる。

その理由として考えられるのは何だろうか。

江戸時代の17世紀後半以降、新規開拓農地の急減と並行して、日本全国でそれまでの分割相続から単独相続への移行がおこり、いわゆる「家」制度が成立していったが、鹿児島地方だけその転換が起こらなかったためと考えられる。なお、鹿児島では「家」制度と相補的なムラ制度も未成立だったという(坂根嘉弘『日本伝統社会と経済発展』農文協、2011年、p.44~45)。

分割相続では、長男・次男が結婚すると世帯とその財産が次々と分離され、老夫婦は独立の生活をするが、老夫婦が自力で生活するのが難しくなると、末子がこの老夫婦の面倒をみる。老夫婦がなくなったあとはその財産を最後に面倒を見た末子が引き継ぐのである(いわゆる末子相続)。分割相続が基本の中国では、「輪流管飯」といって独立して生活する老親の食事を子どもたちが順番で提供する習慣が成立していたというが、似たような状況が鹿児島にはあったのである。

こうした制度の名残りで、高齢者の子どもとの別居率が鹿児島で特に高くなっていると考えられるのである。日本は戦後、長男が財産を単独相続し、同居して親の面倒も見るという戦前の家督相続を廃止し、女性を含めた均分相続が制度化された。このためもあって、生活条件が許せば高齢層のひとり暮らしが促される状況となった。いわば、戦前の家族相続の旧慣をだんだんと脱して、日本の多くの地域が鹿児島に近づくことになったのであり、図表5はそうした動きを表していると読むことができる。

一方、鹿児島とは正反対なのが山形だ。高齢者の子どもとの別居率が一貫して低い地域として推移しており、戦前の家族制度をなおもっとも保っている地域と解されるのである。

都道府県別のひとり暮らし比率では東京と山形が両極だったが(図表2~3)、ここで見た子どもがいる高齢者の別居率では、むしろ、鹿児島と山形が両極となっている。

後者の指標で東京は上位5位までに入っていないことから、東京のひとり暮らし比率が非常に高いのは、子どもとの同居率が低いからというより、むしろ、未婚者や子どもを設けない夫婦が多く、そもそも子どもがいない高齢者が多いためであることが分かる。

家族制度の地域性の違いから生まれたひとり暮らし比率の東西の違いがもっと注目されていいのではなかろうか。鹿児島はひとり暮らし老人の歴史が長いだけに、高齢者の福祉、介護、医療、防災などにかかわる社会慣習として他県が学べる点がある可能性が高いのである。

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