年寄りの暴走事故はそんなに多くない

私がいちばん気になったのは飯塚幸三さんという元通産省技官の偉い研究者が、2019年4月に池袋で起こした衝突事故です。

母子2人が亡くなったのに逮捕されなかったのは「上級国民」だからだとか、ずいぶん非難されました。だけど飯塚さんは当時88歳で、本人もケガをしている。

そんな高齢者は普通、逮捕しないのが日本の司法ですから、それほど特別扱いされたとは思えませんが、仮にひいきされていたとしても、彼は別にふだんから暴走族みたいな危険運転をしていたわけではありません。本人も奥さんも怪我をしているわけですから、まあ、不注意というか、ブレーキとアクセルを踏み間違えたのでしょう。

写真=iStock.com/PinkBadger
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だけど、彼が事故を起こしたことについて多くの人が「年寄りのくせに運転したからだ」みたいな言い方をするのはちょっと違うと思う。実は年寄りの暴走事故というのはそんなに多くないんです。

なぜ年寄りが運転すると危ないかといえば、動体視力が落ちてきて、子供が飛び出してきても気づくのが遅れるとか、いわゆる運転技術が衰えてくると考えられるからです。

にもかかわらず、マスコミが盛んに取り上げるのは、年寄りが暴走したり逆走したりする事故ばかり。なぜならそれはめったにない珍しい例だからです。

しかも死亡事故となるとさらに少ない。「上級国民」である飯塚氏の事故がことさら大きく取り上げられたから、高齢者の自動車事故の代表みたいな話になったというだけのことです。ニュースを見たり聞いたりするときに必ず考えなくちゃいけないのは、それが珍しいからニュースになるということです。

わけのわからない運転をした要因に目を向ける

犬が人間を嚙んでもニュースにならないが、人間が犬を嚙むとニュースになるというのがニュースリテラシーなんです。高齢者の暴走事故そのものもめったにないし、それによって人が死ぬ事故なんてもっと珍しいわけですね。

ふだん普通に運転している人が突然、暴走するというのは、我々老年精神医学に携わっている人間から言わせると、実は意識障害を起こしていた可能性が高い。つまり意識が朦朧としているのに体は起きている状態だから、わけのわからない運転をしてしまうということです。

その時たまたまアクセルを踏んでしまうと暴走になるし、方向感覚がわからなくなると逆走になる。それだけのことです。昔のマニュアル車と違って、いまはほとんどのクルマがオートマチックだから、そういう状態でも運転できちゃうんですよ。

その意識障害の原因なんですが、年をとってくると、たとえば血糖値のコントロールがうまくいかなくなって、ちょっと強めの糖尿病の薬を飲んでいると、血糖値が下がりすぎて意識障害を起こす。あるいは昨日眠れなかったので睡眠薬を飲んだために頭がボンヤリする。それから、塩分を控えすぎて低ナトリウム血症を起こし、意識が朦朧とするケースもあります。