親族も無い北海道へやってきて、誰にも頼らず生き抜いた

ハルさんのことは今までにも何度か文章にしているし、私の自叙伝的な漫画の中にも登場するが、彼女について私が知る情報は少ない。樺太の生まれであること、白系ロシア人の血が入っていること、夫とは死別し、その後北海道へ移ってシングルマザーとして女手一つで子供を育ててきたということ。母よりもずっと前の時代に、親族も無い北海道という土地へやってきて、誰にも頼らず自分ひとりの力で生き抜くのにまっしぐらだったハルさんの姿勢に、母は強い共感を覚えたに違いなかった。

出所=『扉の向う側

ある静かな冬の日、ハルさんが置き手紙を残して姿を消した

結婚はしたものの大手建築会社専属の通訳という仕事柄、海外赴任ばかりで滅多に会えないハルさんの息子との離婚を決めた母だったが、他に行き場所のないハルさんには同居の継続を勧めた。私や妹の保育園や小学校低学年時代、運動会や学芸会などで撮影された父兄との集合写真の多くには、母ではなく着物を身につけたエキゾチックな顔立ちのハルさんが写っているが、オーケストラの忙しさが尋常ではなくなりつつある中で、娘たちにもすっかり懐かれているハルさんとの同居は母にとってもありがたかったはずである。

ところが、ある静かな冬の日、ハルさんが置き手紙を残して姿を消した。親族ではなくなった立場で、一緒に暮らし続けるのは申し訳ないし、世間からもいろいろと言われる可能性がある。だから今後はわたしひとりでなんとかします、といった内容の手紙だったようだが、母は「ハルさんがそう決めたのなら仕方がない」と、ハルさんの行方を心配がる娘たちとは違って、その思いがけない顚末てんまつをあっさりと受け入れていた。