東電の体質は、今も変わっていない。処理水のトリチウム排出量が少ないことを強調して、他の核分裂生成物については具体的な数値を積極的に公表しないのも、隠ぺい体質のあらわれである。過去の経緯があるだけに、東電の発表をそのまま鵜呑うのみにはできない。

一方、中国の態度もむちゃくちゃだ。放出された処理水は、黒潮に乗って中国と反対方向に拡散する。リスクがあるとしたら、食物連鎖で大型の魚に蓄積するケースだが、そのプロセスには何年もかかる。そもそも中国の河口付近の海水は工場排水で汚染されていて、処理水よりもずっと汚い。汚染水と呼ぶところまでは理解できるが、日本の水産物を直ちに輸入停止するのは非科学的で、過剰反応もいいところだ。

政府や東電の急務は、中国を含めた世界の科学者を日本に招いて、ALPSの処理前後で核分裂生成物を測定し、その結果を公表することだ。100%除去できずとも、「この量なら問題ないレベル」「ここまで希釈すれば安全」と国際的に確認できれば、少なくとも実務者間での見解の相違はなくなる。

小魚からセシウム137やストロンチウム90が検出されれば大騒ぎに

政府はこうしたプロセスを踏まず、IAEA(国際原子力機関)に安全だと言わせてごまかそうとしている。IAEAのグロッシー事務局長はアルゼンチンの元外交官で、原子力はズブの素人だ。安全という評価に外交上の力学が働いていることは明らかであり、中国が納得しないのも当然である。

海洋放出を始めるのは、除去できなかった核分裂生成物の量が、健康に問題のないレベルだと、中国を含めた各国に確認してもらってからでよかった。現在、処理水は海底トンネルを通して沖合1キロ地点に海洋放出している。その辺りに生息するイカナゴなどの底魚が食物連鎖の起点になるリスクがあるし、万一そうした小魚からセシウム137やストロンチウム90などが検出されれば大騒ぎになるだろう。当然日本にとっては致命傷となる。そのリスクを避けるためには日本海溝付近までホースを延ばして深海に放出することが望ましい。建設費用は、漁民に補償金を払うよりずっと安くつくはずだ。

こうしたあたりまえの手続きを踏まずに海洋放出へ踏み切り、日本の評判をおとしめた政府や東電は、今こそ猛省すべきである。

(構成=村上 敬)
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