「優良物件」という表現の初出は2011年4月

国立国語研究所の日本語検索システム「現代日本語書き言葉均衡コーパス検索システム/(BCCWJ)」で「優良物件」を検索したところ、「理想の条件を満たす結婚相手」を意味するものには行き当たりませんでした。このシステムは2005年までの書籍や雑誌、新聞、白書、ブログなどのデータが収められていますので、メタファーとしての「優良物件」は2009年以降に誕生したと予測できます。

つづいて、Googleで「優良物件 結婚 男性 条件」の4語を組み合わせて、年度ごとに検索してみました。そこで初出らしき記事がやっと確認できたのです。

それは2011年4月9日付の朝日新聞のお悩み相談コーナー「悩みのるつぼ」における実業家・文筆家の岡田おかだ斗司夫としお氏の回答です。そこには「条件を満たす男性は市場価格50~60万円クラス、上位10~20%の優良物件です」と記述されています。

さらに調べていくと、この表現はYahoo!知恵袋、読売新聞「発言小町」、「教えてgoo」といった投稿形式の相談サイトを中心に使われ始め2015年に一気に世間に広まったことが分かったのです(Googleトレンドを利用して「優良物件」の年度別検索数を調査)。

なぜ、この「優良物件」というメタファーが誕生し、世に広まったのでしょうか。「男女共同参画社会」が叫ばれる現代にあって、女性が男性を品定めするようなこの表現は時代に逆行しているようにさえ感じられます。

オンラインメディアの「Business Media 誠」(現「IT mediaビジネスオンライン」)が2009年に1都3県(東京、千葉、埼玉、神奈川)在住の25~49歳までの独身男女1000人に結婚意識についてのアンケート調査をおこないました。

その結果判明したのは、「景気が良くなると、男性の結婚願望は高まるが、女性の結婚願望は低くなる」ことと、「景気が悪くなると、男性の結婚願望は低くなり、女性の結婚願望が高くなる」という点です。なるほど、この見方が「優良物件」誕生のヒントになりそうです。

矢野耕平『わが子に「ヤバい」と言わせない 親の語彙力』(KADOKAWA)

メタファーの「優良物件」という表現の初出は2011年4月でしたね。当時は東日本大震災、ならびに原発事故で日本は大混乱に陥っていました。そして、この表現が一気に広まった2015年は、消費税率の引き上げが国民の生活を圧迫したタイミングです。

メタファーの「優良物件」ということばの誕生とその広まりは、当時の「先行きのなかなか読めない」社会情勢・経済情勢が、女性の「結婚願望」を高めたことと大きく関係しているのではないでしょうか。

メタファーの誕生は、社会情勢を映し出す鏡にもなるのですね。そういえば、数年前から「親ガチャ」なる表現がSNSで急速に広まっています。これだってその例外ではないでしょう。そんなことを考えながら、皆さんの身の回りにあるメタファーを観察してみるのも面白いかもしれませんね。

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