「もしかして自分はここで死ぬことになるのか……?」
バックミラーの中で路上に置き去りにされた運転手がどんどん小さくなっていく。
「ハウ・アー・ユー?」
小川の隣にすわった男が訊いた。
(ハウ・アー・ユーって……いい気分なわけないだろ!)
自分の心臓の鼓動がドクンドクンと聞こえ、血圧と心拍数が急速に上昇していた。間違いなく、生まれてこのかた、最高の血圧で最大の心拍数だ。
(これが強盗というものなのか……)
ナイジェリア駐在5カ月にして、ついに強盗に遭ったかと思うと、身の毛がよだち、全身がゾクゾクと震えた。動物的本能で、今まで経験したことのないような生命の危機感を覚えた。
(いったい、どこに行くつもりなんだ?)
車窓から見えるのはいつもと変わらない雑然としたラゴスの街並みだ。
(もしかして自分はここで死ぬことになるのか……?)
不安と恐怖で動転した小川を乗せた車は、ゼネストで混乱気味のラゴスの街を走り続ける。
ゼネストがなくても、元々交通はカオスで、一方通行の道を逆走するのは当たり前という国だ。
五寸釘をたくさん打ち付けた板を道路に置いて車をパンクさせ、銃やナイフで襲いかかる「剣山強盗」も出没する。
携帯電話で社長に「強盗に遭いました」
(そういえば、携帯電話が……)
小川は、携帯電話を持っていることを思い出した。
たぶん取り上げられるだろうと思いながら、ダメもとで社長の石井(※)に電話をかけた。
※石井正氏:小川氏より8年次上で、WASCOの社長
意外なことに、男たちは止める気配がない。
「石井さん、小川です」
小川は携帯に話しかけた。喉がからからに渇いていた。
「おう、どうしたんだ?」
会社にいる石井が訊いた。
「強盗に遭いました。3人組に拉致されて、今、車でどこかに走ってるところです」
「ええっ⁉」
小川はかいつまんで事情を説明した。
受話口の向こうで石井が大声で「ミスター小川・イズ・インナ・デインジャラス・シチュエーション! コール・ポリス、ナウ! ナウ! ナウ!」と叫んでいるのが聞こえてきた。
「それで、今、どこにいるんだ?」
石井が深刻な声で訊いた。
「分かりません。どこかに勝手に走って行きます」石井と話していると、車はある建物の前で停まった。
「ミスター、建物の中に入ったら5000ナイラ(約5250円)、ここなら2000ナイラだけど、どうします?」
隣にすわった男が訊いた。(んー? いったいどういうことだ?)
「それは、何の金なんですか?」
「駐車違反の罰金です」