右脳・左脳論は占いとあまり変わらない

創造性や芸術性にまつわる右脳・左脳論は占いとあまり変わらないようなもので、さすがに科学者を名乗る者としてはいかがなものかと思う。論理分析に向いた左脳と想像直観の脳である右脳の情報交換が活発になれば学習能力がほぼ倍増するというのがロザノフの主張だが、現在の知見からすればあまりにプリミティブな感があり、読んでいてやや気恥ずかしさを覚えなくもない。

ロザノフの取り組みは、研究者が今まであまり注目していなかった音楽という領域に光を当て、研究を進めてきたという点そのものに功績があるといえる。

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音楽は灰白質の神経細胞を増やす

さて、音楽がいかに脳に影響を与え、脳の自律性を刺激し、再構成さえ促すような働きを持つものか。音楽は、どうやら灰白質の神経細胞を増やすようなのだ。持続的かつ集中的に音楽に携わっている音楽家の聴覚皮質は一般の人より灰白質の神経細胞が多く、両半球を結合している脳梁も15%厚いということがわかっている。

こうした生理学的なデータや、脳内の神経科学的な機序よりも、実際に生活の中で確認できる機能の方に多くの人の関心はあるかもしれない。音楽は人を幸せにする。音楽と感情との関連ははるか以前から知られてきてはいたものの、なぜそうなるのかは謎であった。アメリカの音楽生理学者ブラッドは、音楽は大脳辺縁系に大きな影響を及ぼし、美しい音楽は、幸福感に関わる脳の中枢、いわゆる報酬系を活性化すると報告した。

報酬系は食事やセックス、あるいは麻薬の使用により活性化する領域で、同時に扁桃核の活動が減少し、不安は軽減する。また、2020年、カナダのマギル大学の心理学者レヴィティンが、音楽は狭義の脳内麻薬であるオピオイドの分泌に影響を及ぼすことを明らかにした。研究グループは、薬物依存者の治療に使われるオピオイドの拮抗きっこう薬を用いて、内在的に分泌されるオピオイドの効果を一時的に遮断し、その状態のまま、被験者が音楽にどう反応するかを調べた。

すると、オピオイドの効果を止めない状態では音楽の楽しみを感じていた被験者が、拮抗薬を投与すると、音楽を聴いてもその楽しみが得られなくなってしまったのである。その曲がどんなに自分の好きな曲であったとしても、つまらなく感じられたというわけだ。