そのため、戸籍に登録された国民に普通に認められている、法の下の平等や選挙権・被選挙権、表現の自由、居住・移転の自由、職業選択の自由、外国移住・国籍離脱の自由、プライバシーの権利などが、皇統譜に登録される皇室の方々の場合は、全面的または大幅に制約される。

その窮屈さは、昭和60年(1985年)に2年間の英国オックスフォード大学留学を終えられた天皇陛下が、まだ皇太子にもなっておられない浩宮ひろのみや殿下と呼ばれた時代であっても、「自由は2年間オックスフォードでじゅうぶんに堪能しました(だからそれ以上は望みません)」とおっしゃられたというエピソード(「産経新聞」平成5年[1993年]1月31日付)によって、察することができる。

宮内庁幹部の「警鐘」

この点について、前出の『文藝春秋』令和5年(2023年)9月号から宮内庁幹部の証言を紹介する。

「(皇室の方々は)どこへ行くにも側衛官が付き、何をするにも両陛下や警察庁長官、そして総理大臣に逐一報告されてしまう。皇族方は、監視下での生活を余儀なくされています」

「現在、17方いらっしゃる皇族(正確には天皇陛下・上皇陛下および15方の皇族)の中で、精神面で鬱的な状況に陥っていない方は、一人もいません。皆さま、それを押し隠して公務や儀式に臨まれている。『自分は鬱病なので』と、周囲に口にするのは秋篠宮さまくらいです。……

『体調がよろしいですから、安心してください』と、国民の皆さんにお伝えできる状態の皇族は一人もいないのです」

驚くべき証言だ。「宮内庁幹部」というのは、西村泰彦長官をはじめ、池田憲治次長、五嶋青也審議官など54人。全員その氏名が公表されている。そのうちの誰かの証言なのだろうか(そこからかなりの人々を匿名の証言者候補からたやすく除外できるが)。

この人物の発言を、そのまま額面通り受け取ってよいかは速断しがたいが(“皇族”という語のアバウトな使い方もしかり)、関係者が皇室の現状について、このような警鐘を鳴らさざるを得ない厳しい現実があるは、確かだろう。

息苦しい皇室からの離脱

そのような中で、佳子殿下は最も身近な眞子さまのご結婚をめぐる顚末てんまつを、ほとんどわが事としてご覧になったに違いない。そうであれば、佳子殿下が息苦しい皇室からの離脱を願われても、やむを得ないかもしれない。

過去に、三笠宮家のご長男、寛仁ともひと親王は皇籍離脱への希望を口にされ、皇族の身分にとどまられたものの、アルコール依存症になられたり、同じくご次男の桂宮かつらのみやが「私のようなつらい思いをする人間をさらに作りたくない」として、独身を通されたような事例もあった。