どんなに下手な刺青でも馬鹿にするのはマナー違反
絵柄は彫り師のもとにある原画のリストから選ばれる。戦後は幽霊や女の生首などゲテモノ系が流行したが、今はほとんど需要がないらしい。オリジナルの絵を頼むこともできるが、作画能力の低い彫り師もいるから、充分チェックしたほうがいい。
ただし、どんな下手な刺青でも、当人の目の前で馬鹿にするのはマナー違反。内心、「俺の刺青のほうがかっこいい」と思っても、ヤクザたちはそれを決して口にしない。当人に罪はないし、二度と消せないものだからだ。
下手な駆け出しの彫り師に肌を貸すのも男伊達である。原画をコピー機で拡大し、からだに当てながらそれをトレースする。墨を磨り、それを使うと、あの刺青特有の藍色になるのだが、最近では専用の塗料があって、発色もかなり鮮やかだ。彫る面積にもよるが、完成までには数カ月から数年かかる。合計数百万円の費用がかかることもあり、親分や組織が代金を援助してくれるところもあるらしい。
最近では、組内に“お抱え彫り師”を置くところが増えている。刺青に興味のある若い衆に道具を買い与え、他の若い衆の刺青を彫らせるわけである。多少絵柄は下手でも、かなりの費用削減になる。なかには、プロに匹敵する画力のある若い衆もいて、「タダで彫ってやる」といわれたことは一度や二度ではない。
余談だが、彫り師になるのは元ヤクザが多い。それだけ現代では、刺青がヤクザの代名詞になっているということだろう。また、彫り師ほどヤクザ社会の事情通はいないという。あまりの痛さに泣きを入れた親分の話などは抱腹絶倒だ。
刺青の“実験”を受けて失神した若い衆
とある関東の若手組長は、自分で若い衆の刺青を彫るようになった。
もともと絵心があって、墨絵や書、水彩画では飽きたらず、ついに刺青を趣味にしたのだ。今ではかなりの腕前で、他団体の若い衆からの依頼もあるらしいが、最初に現場を見せてもらったときは、若い衆に心から同情した。なにせ針の加減が分からないから、若い衆の肌で実験をするのだ。
「てめぇこの野郎、じっとしてやがれ」
「は……はい、でもオヤジ……なんか変じゃないですか。先生のときより、ずいぶん痛いような」
「ガタガタいうんじゃねぇよ。おとなしくしねぇと、ドラえもん彫るぞ!」
「いや、それは……すいません!」
組長は電気針の回転数、針先の出具合や角度、スピードなどをさまざまに変えて実験した。ついに失神してしまったが、それでも、ピクリともしない若い衆の綺麗な肌に、どんどん針をぶっ刺していった。