懲役に行きっぱなしで仕上げられないヤクザも

山口組三代目・田岡一雄組長も、背中は綺麗なままだったという。

「オヤジはいつも『刺青でめだたんでも、喧嘩でめだったらええわい。なんでヤクザが刺青なんてせなあかんのか分からん。自分が描いたならまだしもな、他人が描いたもんやろう』いうてました」(田岡組長の実子・田岡満氏の談)

写真中央が山口組三代目・田岡一雄組長(写真=田岡一雄『山口組三代目 田岡一雄自伝』より)
写真中央が山口組三代目・田岡一雄組長(写真=田岡一雄『山口組三代目 田岡一雄自伝』より/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

また、襲名式などでの着替えの様子を陰から覗いてみると、刺青は入れていても、すじ彫り(輪郭線)だけだったり、完全に仕上がっていない幹部が目立つ。「懲役に行きっぱなしだったから、刺青など仕上げるヒマがなかった。若いときにぱーっと仕上げてしまうならともかく、今、改めて仕上げよういう気にはなかなかならん」(俠道会きょうどうかいの古参幹部・故人)

最近ではタトゥーの普及で、ヤクザも刺青を昔ほどは隠そうとはしなくなった。だが、刺青=ヤクザという通念は残っており、まともなヤクザなら、人前で刺青をひけらかすことはしない。ちなみに「入れ墨」と書かないのは、江戸時代、罪人に入れたそれと区別するため。混同すると、ものすごく怒るヤクザもいるので要注意。

手の甲や脇腹は「死ぬほど痛い」

現代では、ヤクザの刺青いれずみを彫る場合でも、古式ゆかしい手彫りをすることはほとんどなくなっており、電気針が使われる。彫り師の労力も雲泥うんでいの差で、電気針はかなり楽なようである。そのうえ、刺青の値段は、かかった時間の作業賃。時間がかかる分だけ金もかかるから、今や手彫りの需要はほとんどないそうだ。

「みんな、今は電気じゃろうね。ただ、手彫りは輪郭がボケるけど、深く色が入るんで、やっぱり味があるんよ。刺青いうんは二度と消えない作品じゃろう。本人がええいうときは、両方を使い分けちょる」(中国地方の彫り師)

この彫り師は、作業のざっと3分の1が手彫りだという。一日作業をすると、目がしょぼしょぼに、腕はくたくたになり、やはり効率は悪いそうだ。電気針の構造は非常に単純で、クランクによってモーターの回転運動を上下運動に変え、連続して、ぐさぐさと針を刺していく。手彫りに比べて痛みが少ないとはいっても、五十歩百歩の違いで、手の甲や脇腹、尻の割れ目などは、男伊達おとこだてを自認するヤクザたちも「死ぬほど痛い」と折り紙をつけるほどの激痛が走るらしい。

針の種類は絵柄の部分によって変えられ、オリジナルの針を自分で作る彫り師もいる。最近では、感染症に対する知識が普及したので、針は使い捨てで、かつてのように刺青によって肝炎などをうつされる危険はなくなった。彫り師によっては、塗料も自分専用のものを使うようで、衛生面に不安があれば、たいていのリクエストには応えてもらえるだろう。