妻に落ち度はなく離婚の成立は難しい

妻には嫉妬による激しい行動はありましたが、それは夫の不貞が発覚したことによるものであり、今までに妻の側に特段に落ち度らしいものは見当たりません。夫は妻が支配的だったと言います。今まで、さまざまに自分がしたかったことを妨害されて断念させられ、非常につらい思いをしてきたことを述べます。

鮎川潤『幸福な離婚 家庭裁判所の調停現場から』(中公新書ラクレ)

確かに家を妻の実家の敷地内に建てており、それは必ずしも夫が望まなかったことかもしれません。また妻のほうが年上であり、夫が言うように、話し合いで自分としては理屈が通っていると考えることを言っても、まったく聞き入れられず押し切られてしまうところがあったのかもしれません。しかし、妻の話の内容や妻が話をするときの落ち着いた態度からも、妻に特段の問題があるようには思われません。

この場合、人事訴訟を起こしたとしても、不貞を行った夫からの離婚請求ということであり、いわゆる「有責配偶者」からの離婚請求に該当します。

被告――人事訴訟を含む民事裁判では、単純に、訴えたほうを「原告」、訴えられたほうを「被告」と呼びます。被告と呼ばれたからといって、言うまでもなく道徳的非難を浴びせられるわけではなく、また劣位に立つわけでもなく、原告と対等の立場にあります――である妻が離婚を拒否している以上、現在、裁判に訴えても離婚が認められる可能性は非常に低いと言えます(なお、刑事裁判でも、犯罪を行ったとして起訴された人を「被告」と呼んでいますが、正しい名称は「被告人」です)。離婚に至るには少なくとも今後5年程度の別居期間が必要になると考えられます。

離婚を拒否し婚姻費用を取ることで夫を罰することはできるが…

妻が、自分を捨てて別の女性に走った夫を罰したいと思えば、離婚を拒否し続け、婚姻費用を取るなどの方法によって二人を経済的に追い詰めることができます。婚姻費用とともに自分が借りたマンション代を払い、パートナーの生活を援助していくことはかなりの負担であり、とりわけ夫が退職したのちは、そうした経済的出費を維持することは容易ではないかもしれません。

妻は、婚姻費用などを課し続けることによって、二人の関係を破滅させることができるかもしれません。他方で、そうした困難な状況に直面することによって二人の愛情をより強固なものに変化させ、二人を結束させて難関に耐えさせていくことになるかもしれません。しかし、いずれの場合であっても、夫が再び妻のもとへ帰ってくることはないことだけは確かだと考えられます。

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双方にとって「幸福な離婚」という観点から考えるならば、妻は、夫婦関係が破綻してしまっており、修復不可能なことを冷静に認識し、決断までしばらくの期間は要するかもしれませんが、離婚を容認し、人生の最後の段階で、ともに過ごしてきた長い年月について後味の悪い思いをしなくてすむようにしたほうがよいように思われます。自分が、今まで生きてきたのとは別のかたちで、残された人生を充実して送る道を自ら閉ざしてしまわないことが必要ではないかと考えられます。

というのは、離婚を引き延ばさなくても、夫にはすでに過酷な経済生活が待っており、十分に罰されており、妻は自宅も獲得でき、一定のレベルの経済生活を送ることが確保されていると考えられるからです(シングルになれば、夫と同じように、妻にも新たな配偶者が現れるかもしれません)。