もうひとつの「び漫性軸索損傷」とは、頭部に強い回転加速度がかかることによって「軸索」と呼ばれる脳の神経細胞の線維が広範囲にわたって伸びたり切れたりすることです(「び漫性」という言葉は、その症状が1カ所だけでなく広範囲に広がっていて患部が限定できない状況を意味します)。

脳挫傷やび漫性軸索損傷は、交通事故で頭部に強いダメージを負った被害者に多く見られる大変深刻な傷病名で、最悪の場合、死に至ることもあります。また、命が助かっても、遷延性意識障害(いわゆる植物状態)や重度の意識障害、高次脳機能障害、身体に麻痺が残ることも少なくありません。

写真提供=山本せつみさん
入院中に巨人・清原和博選手(当時)からユニフォームをプレゼントされたこともある。

息子の車椅子を押し続ける母・せつみさんの訴え

その後、一真さんは昏睡状態が続き、約1カ月半後、なんとか意識が回復したものの、高次脳機能障害による失語症や記憶障害が残りました。

そして、左半身は麻痺し、利き腕の左腕は「く」の字に曲がったまま拘縮。左足も自分の意思では動かすことができなくなり、プロ野球選手になるという夢もあきらめざるを得なくなりました。

それでもせつみさんは、一真さんの回復をけっしてあきらめず、辛く痛いリハビリに寄り添い続けてきたのです。

あの日から21年、33歳になった一真さんは、現在も母親のせつみさんの介護を受けながら暮らしています。

事故による脳挫傷の影響は今も残り、ときおり意識を失うほどの激しいけいれんを起こすこともあるそうです。そのため、一真さんは一昨年、大学病院で検査を受けて再入院し、脳の手術を受けました。それでも発作はいつ起きるかわからないため、不安な日々はずっと続いているといいます。

もし、あの日、ヘルメットをかぶっていれば……、せつみさんは悔しさをにじませながら語ります。

「私の子どもが事故に遭ったときは、自転車にヘルメットの着用義務はなく、一真もヘルメットはかぶっていませんでした。そして結果的に一瞬の事故によって脳に大きなダメージを受け、大好きだった野球だけでなく、これまでできていたことがたくさんできなくなってしまいました。もちろん、当時はほとんどの人がヘルメットをかぶっていませんでしたが、こうした現実を思うと、やはり、努力義務とはいえ、ヘルメットはつけなければいけないと思います」