「ヘルメットをかぶること、もちろんイヤだと思います。でも、本当に一瞬の事故で、大好きだったたくさんのことができなくなってしまうんです。好きなことや、今までできていたことができなくなるのはもっとイヤだ、ということを真剣に考えて、ぜひ、ヘルメットを着用するようにしてほしいのです」(山本せつみさん)
中学1年生を襲った「21年前の七夕」の悲劇
山本一真さんが事故に遭ったのは2002年7月7日、日曜の朝のことでした。当時は中学1年生。自転車で少年野球の練習に向かう途中でした。
「あの朝、一真は白い野球のユニフォームを着て自転車にまたがり、元気にペダルをこいで出かけていきました。私は、中学生になって一層たくましくなったその背中が、遠くなるまで見送りました。一真も何度か振り返っていました。まさか数十分後、その白いユニフォームが、真っ赤な血に染まるなど、想像もせずに……」
一真さんが事故に遭ったという知らせが入ったのは、それから間もなくのことでした。交差点の横断歩道を自転車で横断していた一真さんが、法定速度を超えて走行してきたワゴン車にはねられたというのです。
せつみさんは夫と共に、すぐに病院へ駆けつけました。
事故によって頭部を強打した一真さんは意識不明で、医師からは大変危険な状態であると告げられました。病院からサインするよう求められた「入院診療計画書」には、以下のような傷病名が列挙されていました。
【病名】 多発性脳挫傷、び漫性軸索損傷、全身打撲
【傷病部位】 脳、右手、全身打撲、脊髄損傷の疑い
【症状】 昏睡状態、両側除脳硬直、過呼吸、過高熱
【入院中の注意事項】 急変して死亡する可能性もあります
プロ野球選手になる夢を一瞬で奪われた
せつみさんは、この書面を見たときのショックをこう振り返ります。
「『入院診療計画書』に書かれた文字を追いながら、私は最後の一行に衝撃を受け、頭が真っ白になりました。そして、身体が硬直しました。一真はジャイアンツの清原選手に憧れ、小学4年生からずっとプロ野球選手になるのを夢見て、毎日野球の練習に励んでいたんです。そんな頑張り屋で、元気な一真が、『死亡する可能性もある』なんて、その現実を受け入れることができませんでした……」
【病名】の欄に書かれていた「脳挫傷」とは、頭部を強く打ち、脳が損傷を受けた状態のことです。一真さんの場合はそれが複数の箇所で起こり、出血も見られましたが、どうしても手術のできない箇所だったといいます。