音声や動画の証拠が決め手に

B美さんから離婚したいと相談を受けた時、争点は子どもの親権になるだろうと考えました。夫は、まさか自分の「教育」が子どもを精神的に追い込んでいるとは思ってもみないはずです。むしろ、妻よりも教育熱心で優秀な自分が育てたほうが子どものためになると言って、親権は自分が持つべきだと主張してくると考えました。

そこで、別居する前にしっかりと証拠を取るようにお話ししました。「算数パズルを解かないとバカになるぞ」と怒鳴って長男にゴミ箱を投げつける音声、泣いている長男が出られないように夫がクローゼットの扉を押さえている動画、テストの結果に「俺の子どもとは思えない」と怒鳴る音声。

離婚調停が始まると、こういった証拠を提出しました。夫はモラハラなんてしていない、子どもに勉強を教えていただけだと否定しましたが、こういった証拠を目の当たりにすると、裁判官も「父親と住むほうが子にとって良いことだ」とは言いませんでした。

親権が取れないとわかると、夫は定期的に子どもに会うことを条件に離婚に応じました。親権は無事にB美さんに渡り、長男はのびのびと勉強やスポーツに取り組むようになりました。

「東大はあえて選ばなかった」

独自教育に走るモラハラ夫の背景には、何があったのか。B美さんは「大学の話になると、夫はいつも『東大はあえて選ばなかった』と言っていました」と教えてくれました。東大には偏差値的に遠く及ばないのに「あえて選ばなかった」と説明するところから、この夫が学歴に強いコンプレックスを抱いていることがうかがえます。子どもへの強い態度も、自分のコンプレックスを埋めようとしていたのかもしれません。

この事例以外にも、独自教育系モラハラ夫を何人も見てきました。胎教に始まり、九九の暗唱、速読、日本地図の暗記にとどまらず、独自のドリル作成。小学校高学年に入ると、塾や家庭教師はお金がかかると否定し、タブレット通信教育を開始します。

不思議なのは、教育熱心なわりに中学受験という発想は持ち合わせないところです。自分で対応できる昔ながらの勉強法から先のことには興味がなく、高学年になって難しい問題が出てくると、子どもを怒鳴るだけで解き方を教えることもできません。子どもが塾に行きたいと言っても、「寝ずに勉強をすれば塾に行く必要がない」と時代錯誤の返答をするのです。

また、「魚を食べると頭が良くなる」という夫の信念で、子どもにひたすらサバ缶を出す家庭もありました。子どもは泣きながらサバを食べて、夫はその隣で唐揚げをつまみながらビールを飲むというのです。