それは「咳喘息」かもしれない
こういう人の「お薬手帳」を見てみると、「メジコン(デキストロメトルファン臭化水素酸塩)という中枢性非麻薬性鎮咳薬や、フスコデ(ジヒドロコデインリン酸塩、dl-メチルエフェドリン塩酸塩、クロルフェニラミンマレイン酸塩)という中枢性麻薬性鎮咳薬が処方されていることが少なくない。いわゆる「強い咳止め薬」だ。これらでも止まらなくて困っているというのである。
こういう人に「これまでにも同じような咳で数週間にわたって悩んだことがありますか?」と訊いてみると、けっこうな頻度で「経験がある」との返事が返ってくる。そして聴診をしても喘鳴が聞かれない。このような人は「咳喘息」という疾患である可能性があって、喘息に使用する吸入薬(ステロイドと気管支拡張剤の合剤)などの使用で症状がかなり緩和されることがあるのだ。
もちろん、これはあくまで個々の事例に応じて丁寧な問診と診察を前提としたものであるから、このまま鵜呑みにしていただいては非常に困る。ただ「咳にはまず咳止め薬、効かなければ強い咳止め薬」という考え方は、けっして正しいものではないという一例であると考えていただきたい。
咳はさまざまな疾患を調べる機会でもある
コロナの影響によって、医療機関によっては咳をしているなどの「カゼ症状」の人は受け入れなかったり、受け入れても聴診などの対面の診察は一切せずにコロナの検査しか行わなかったりしたところもあったと聞くが、「咳」という症状ひとつとっても、カゼから肺炎から喘息から、さらには悪性腫瘍まで、じつにさまざまな疾患がある。
放っておいても問題ないもの、早期に診断を要するもの、緊急性はないが丁寧な問診と診察によって診断がつけば回り道することなく適切な治療につなげられるもの、これらを鑑別することは非常に重要なことなのである。
コロナの5類化によって、多くの医療機関がコロナ禍以前と同様にカゼ症状や発熱者への外来対応を行うようになるという政府の目論見通りに現場が変わるとは到底思えない。それは院内感染防止の観点からも当然のことである。
しかしこの3年間のコロナ禍を経て、オンライン診療が日常化され、聴診器を患者さんの胸に当てると「お医者さんに聴診器を当てられたことなんて初めて」と驚かれてしまうといった、「患者さんに直接触らない“診察”」が時代の流れの中で一定の地位を確立しつつある。これは今後も「コロナ禍のレガシー」として受け継がれていくのだろうか。そしてそれは、果たして患者さんの利益となりうるものなのだろうか。私のような昭和生まれの古い医師からすれば、「負のレガシー」としか思えないのだが。