酒をほとんど飲まなかった安倍元首相
「安倍ちゃん」はまさに「政界のサラブレッド」だった。岸信介の孫、安倍晋太郎の息子という血統。大学には真っ赤なアルファロメオで通っていたという、わかりやすいお坊ちゃんだ。
2006年9月に自民党の第21代総裁に選ばれ、総裁の座を、戦後最年少で手中に収める。戦後生まれで初の首相になった。安倍ちゃんは下戸を自称して酒をほとんど飲まないが、祖父の岸信介も酒を飲む方ではなかった。
安倍は大学卒業後に神戸製鋼に勤務し、その後、父の秘書になり、政界入りする。
政治家としては日本の伝統の尊重を訴え、政権構想の柱にも憲法改正、教育改革を掲げた。第2次安倍政権は憲政史上最長の連続7年8カ月に及び、内政外交に大きな足跡を残した。退陣後も政界に大きな影響力を保持したが、2022年、銃弾に倒れた。
政治家としてはタカ派のレッテルが張られていたが、キングメーカーであった森喜朗氏は「そういうきわどいテーマについては、総理になったら普通は口にしないものなんだけど、安倍くんはそんなことは全然意識していない」と述べ、「そんなことを言っても、何のプラスにもならないからねぇ。ただ、自分がスッキリするだけの話でしょう」とかたくなな態度を語っていた。
サラリーマン時代からマメで律儀
安倍の政治思想やその死はこの本の主題ではないので横に置くが、人間としては柔軟性のあるエピソードが多い。マメで律儀との声は生前から少なくなかった。
「小学校時代の同級生が洋菓子店を新規出店した際には、幹事長だった安倍が頼みもしないのに駆けつけた」「飲まないのに、我々を焼き鳥屋に誘って、2次会、3次会にも付き合う。名前もよく覚えてくれる」との旧友や後援者の声もある。
「そんなものは政治家なんだから、表向きでしょ」との声も聞こえてきそうだが、マメさは昔から変わらない。
神戸製鋼時代の仕事仲間は「彼は絶対誘いを断らなかったから、みんなに可愛がられていた」と振り返っている。
「安倍君は酒は全く飲まなかったから、仕事が終わると運転手代わりにして30分ほどで行けた姫路のホルモン焼き屋なんかに皆で出かけて、わあっと楽しく騒いでストレス解消したものだ。そんな席では、オヤジ(晋太郎)さんの失敗談を明かしたりして笑いを取っていた」との声もある。
良くも悪くも当時の上司や同僚は、安倍を全く普通の子と評している。大物議員の息子であることを鼻にかけることもなかった。父親の後を継ぐために退職する際の挨拶まわりで、「お父さんの鉄工所でも継ぐの」と言われたというエピソードからもそれはわかる。