人脈を広げるためにはなにが重要なのか。ライターの栗下直也さんは「人づきあいが重要な政治家においても、正解はひとつとは言えない。たとえば首相経験者では、田中角栄は一晩に10件以上の宴席をかけ持つことがあったが、小泉純一郎や橋本龍太郎は一晩に会合はひとつだけというスタイルだった」という――。(第1回)

※本稿は、栗下直也『政治家の酒癖』(平凡社新書)の一部を再編集したものです。

田中角栄が生涯愛した酒の名前

田中角栄の晩年は酒浸りだった。

ロッキード事件で捕まり精神的にも弱ったところに、腹心だった竹下登と金丸信が田中派を飛び出したことが角栄を追い込んだ。飲み過ぎによる高血圧から酒を控えていた時期もあったが、腹心の謀反で酒が止まらなくなった。

田中角栄氏(画像=首相官邸HPより)
田中角栄氏(画像=首相官邸HPより)

昼から酒を飲み、夜も会食で飲み、酔っ払って寝て、深夜の2時、3時に目が覚めるとまた飲んだ。毎日ボトル1本は空けていたというから、ほとんどアル中であるというか完全にアル中である。

好んだのはウイスキー。それも、後半生はオールドパー一筋だった。

酒所の新潟生まれらしく、もともとは日本酒派。銘柄にこだわりなく日本酒ならなんでも良かった。これが変わったのが1961年、自民党の政務調査会長を務めていた頃。富裕層の間で海外旅行が広がり始め、「ジョニ黒」がお土産の定番になる。角栄のもとにもジョニ黒が届き、いつのまにか好んで飲むようになった。

ちなみに50歳以上の方はご存じだろうが、ジョニ黒はジョニー・ウォーカー黒ラベル12年のことで、かつては舶来高級ウイスキーの代名詞だった。

庶民の憧れであることを示すエピソードを1960年の『サザエさん』に見つけられる。サザエさんが来客にジョニ黒を出すと、客が「ウハー! ジョニ黒ですな」と歓喜する。無理はない。当時の大卒初任給は2万円だったが日本国内でジョニ黒を求めると1万円もした。現在の感覚だと10万円前後だろう。

ジョニ黒を自宅に常備していたワケ

ジョニ黒の輸入元が設定する小売り希望価格は1万円の時代が長く続く。1986年に8000円に値下げするが、その前年には朝日新聞が、輸入される時点では、輸送費や保険料を含んでも高くて900円と報じている。関税や酒税の関係もあるだろうが、8000円はさすがに輸入元がマージンをとりすぎである。

ちなみに、今、ネット通販のアマゾンで検索すると3000円もしないのだが、ジョニ黒を飲んでいる人はそう周りにいない。昔は高くて手が出ず、今は微妙な価格のせいか誰も手を出さない不思議な酒といえよう。

角栄はジョニ黒を自宅に常備していた。1日にボトルの半分を空けることもあるほど好んだが、自分用ではなく、来客へのお土産として常に一定量を置いていたのだ。

繰り返しになるが当時の価格で1万円だ。札束で顔をひっぱたくような人心掌握術と考える人もいるかもしれないが、気遣いとはそういうものだ。