毎朝9時に起きてお客様に電話をかける

汎子ママは、業界の事情もよく理解していなかった私にずっと目をかけてくださり、名門クラブを離れてまで私を引き抜いてくださったのです。粗削りだけれど、この子は磨けばもっと輝ける原石。私が手元に置いて、銀座のクラブのママとして一人前に育てたい――口にこそ出しませんでしたが、汎子ママはそう考えてくださっていたのだと思います。

独立した汎子ママのお店で働くことになった私は、クラブのママという仕事の厳しさや喜び、銀座のクラブで働くことの誇りや矜持などを、徹底的に教えられました。「ああしなさい」「こうしなさい」と言葉で言われることもありましたが、それ以上に汎子ママ自身の仕事に対する姿勢から多くのことを学んだのです。

例えば早起き。私は毎日、朝早く起きてブログの更新をしています。「銀座のママが早起きとは珍しい」とよく言われるのですが、これも汎子ママ譲りです。汎子ママも朝が早い人でした。毎朝9時前には起きて、お客さまに電話をすることを日課にしていたのです。「クラブのような夜遅い仕事をしている人から朝一番で電話がかかってくると、みんな驚いて出てくれるのよ」と汎子ママ。

当時は、スマホはおろか携帯電話もメールもない時代。当然、自宅になど電話できませんから、営業の電話は会社にかけることになります。それでも、なかなか電話に出てもらえない。でも、ほかのお店の子たちみんなが電話をするような夕方の時間帯では、お客さまが外出してしまうことも多い上、話せたとしても大勢のなかのひとりになって埋もれてしまいます。

ならば、「朝一番」というインパクトのある時間にかけて覚えていただこう――。そう考えての行動だったと思うのです。

写真=iStock.com/AndreyPopov
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「華やかなイメージ」だけでは生き残れない

毎晩、時間もお酒も深くなる仕事ですから、朝、眠くないはずがないし、体もきついでしょう。でも汎子ママは雨の日も風の日も雪の日も、必ず朝一番の電話を欠かしませんでした。

「銀座にはクラブも多いし、ママやホステスも大勢いるでしょ。だから、よほどお客さまの印象に残らなければ覚えていただけない。一度ご来店いただけても、『どこのユミちゃんか、どの店のヒロコちゃんか覚えていない』では次に続かないのよ。でもそこで、お客さまの印象や記憶に残るような“何か”があれば、その他大勢から『あの店の○○ちゃん』になれるの」

汎子ママから朝の電話を欠かさない理由を聞いたときには、「華やかなイメージの裏側で、コツコツと地道な努力を続けてこそ、この仕事は成り立つんだ。自分のお店を守ることができるんだ」「ただ色気を売るだけではない、堅実な営業努力と経営意識を持つことが大事なんだ」と、深く感銘を受けたものです。