警備室でうごめく策略を天井カメラが捉えていた

ロンドン警視庁は後日、BBCの取材に対し、ドミトリーはMI5の訓練を受けた「演者」であり、「スミスはそれにだまされたのです」と明かしている。1から10まで、すべてが策略だったのだ。

さらに捜査当局は、スミス氏が務める警備室の天井付近に、隠しカメラを仕掛けていた。そこにはドミトリーを名乗る男の来館当日、監視カメラの映像を携帯電話で撮影するスミス氏の姿がありありと映し出されていた。

おそらくスミス氏は自身と同様、ドミトリーを名乗るこの男がロシア大使館に職員として潜り込んでいる状況を想定したのだろう。その容貌をロシア大使館の少佐に差し出せば、内通者を暴く手柄となるはずだった。

ドミトリーを名乗るこの男は、まさしくイギリス内務省のMI5と通じていた。ただ、スミス氏にとって計算外だったのは、男が陥れようとしているのはロシア大使館などではなく、スミス氏自身だったという点だ。

ロッカーから見つかったプーチンの肖像画

スミス氏は元ロシア空軍パイロットでありながら、その身分を偽り、一見問題なく勤務していたようだ。

だが逮捕後、大使館のロッカー内からはプーチン大統領の肖像が発見され、自宅からはロシア軍のベレー帽をかぶった犬のぬいぐるみが出てきた。心はいつも、祖国・ロシアとともにあったようだ。

裁判を通じて明かされたところによると、スパイ行為の動機はロシアへの祖国愛と、イギリスへの憎悪だったという。

ウラジーミル・プーチン大統領(写真=CC-BY-4.0/Wikimedia Commons

BBCによると判事は、職員の個人情報や大使館のセキュリティ情報の漏洩ろうえいにより「人々を極大の危険にさらした」と非難している。イギリス警察はスミス氏の行動を「無謀で危険」だと述べた。

英ガーディアン紙は、同僚らが「怒りと裏切り」を感じ、大使館はセキュリティ設備の更新に82万ポンド(約1億3400万円)を見込んでいると報じている。

さて、時を戻して、スミス氏逮捕の前日。一度目の作戦にスミス氏がまんまと掛かったのを受け、MI5とドイツ警察はさらなる証拠を固めるべく、スミス氏の元にさらなる工作員を放っていた。

ロシアスパイの元に放たれた2人目の諜報員

ドミトリーを名乗る男が大使館を訪れてから、2日後のこと。ポツダム市の自宅にスミス氏が戻ったところ、近くの路面電車の停留所にたたずむ女性が見えた。

当時のスミス氏が知る由もないが、この女性もまたMI5が放った間者だ。イリナと名乗るこの女性は近づいてきて、「あなたを訪ねてきました」という。