父母の見ぬ間に介護支援専門員に耳打ち

「でも、あちこちの病院へ行って、たくさん薬をもらってきてるよね」

様子を窺いつつ、さらりと割って入る。

「病院は、どちらへ行かれてるんですか」

「T病院に、I整形外科に、W眼科に、S皮膚科に……、歯医者にも行ってるよね」

お薬手帳を見せながら、こちらのペースで話を進めていく。

「病院へ行くときはどうしてるんですか? どこも、歩いて行ける距離ではないですよね」

聞かれた以上、答えないわけにはいかないと思ったのだろう。

「娘や息子に乗せてってもらって……」

つい3分ほど前、娘や息子を当てにしなくても生活できると豪語した手前、さすがにバツが悪いと思ったのか。モゴモゴと答えている。

「たくさんの薬を飲んでいるようですけど、どんな薬を飲んでいるか把握していますか?」

突然の質問に、老母の目は点になっている。攻めるなら、今だ! 耳の遠い老母に聞こえないような小さな声でそっとささやく。

「把握してるわけないじゃないですか。とにかく外出が大好きで、病院へ行きたい一心で、市販の薬で済むような大したことない症状でも大袈裟に騒ぎ立てるんですから」と。ここで、攻撃の手を緩めるわけにはいかない。

「転ぶといけないから、本当は足下に置いてあるものを片付けたいんですけど、母が絶対許さないんですよね。勝手なことをするなって食って掛かってきて」

介護支援専門員の耳元でささやき、台所に案内する。冷蔵庫や食器棚は言わずもがな。調理台の上にも、食材やら調味料やら洗剤やらが堆く積まれている。足下のカゴに入った溢れんばかりのラップ類に気づいた専門員が、「これはどなたが買っていらしたんですか?」老母と私の顔を交互に見た。私が首を横に振ると、「私だけど……」老母が答えた。

「どうして、こんなに買ってしまったんでしょうね」

スーパーやドラッグストアに行くたびに、目についたものを辺り構わず買ってくるのだから、理由を聞かれても答えられるはずがない。

アイスをプリンと間違え冷蔵庫に入れていたことが発覚

「ラップ類は腐るわけじゃないので、まだいいんですけど。こう言ったものは賞味期限がありますからね」と言いながら引出しを開け、中に押し込まれている20本ほどのチューブ入りの練り辛子やワサビなどを見てもらう。

「私がUターン移住する前に買ったものらしくて。すでに半分以上が賞味期限を過ぎたもので。冷凍室の中にも、5年以上も前の魚介類だとかミックスベジタブルだとかが放置されていて、それはさすがに捨てましたけど」

主演女優賞級の俳優が乗り移ったかのように眉を寄せ、ここぞとばかりに私は太いため息をつく。

「冷蔵庫の中を見せていただいてもいいですか?」

「もちろんです! 常に満杯御礼状態ですけど」

扉を開けたと同時に、カップに入ったチョコレートのアイスクリームがふたつ、目に飛び込んでくる。

「何これ? いつ買ってきたの?」

「さっき、前のお店で」

老母が悪びれることなくそう答えた。何を指摘されているのか、まだこの段階ではわかっていないのだろう。

「やだ。これ、アイスクリームだよ。ここは冷蔵室。アイスクリームは冷凍室に入れとかなきゃ溶けちゃうでしょ」

手に取ると、すでに溶けはじめている。

「えっ、アイスクリームなの? プリンかと思った」

いやいや、プリンなわけないでしょ! 専門員が目の前にいる手前、いつものような強い口調で言い返しては来ないが、動揺しているのは明らかだ。

「あれっ、間違えちゃったのかな……」

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普段は、自分の非を決して認めようとしない老母の目が左右に泳いでいる。ただ、こちらにとっては好都合だ。老母がやらかしてくれたことで、彼女の自己申告が如何に実態とかけ離れているかが明白になった。まあ要するに、「毎日買い物に出掛けては、余計なものを買ってきて腐らせてます」とか、「しょっちゅう鍋を焦がしてます」とか、「気に入らないことがあると怒鳴り散らします」とか、「年がら年中、言い争いをしてます」なんてことは、決して当人たちは言わないのである。