日本代表にそのサイクルが自律的にできていたか

【村井】観衆がどよめいて、会場は異様な雰囲気になりました。日本代表のザッケローニ監督がピッチサイドで叫んでいます。あの時、日本の選手たちの頭の中はどうだったのか。雨が降ってピッチがスリッピーになっている。ドログバ選手が入ったことでディフェンスラインを下げるのか、上げるのか。彼にマークをつけるのか。

そうした諸々のことを瞬時に観察し、判断し、ピッチ上の仲間に伝達し、協力してやりきり、5分たたずにもう一度、状況を観察して判断する。そんなことが自立的にできていたのかどうか。結果としてドログバ選手が入った後、日本は64分、66分と立て続けに失点し、1対2で敗れました。流れを失った日本は予選で1勝もできずグループステージで敗退したのです。この試合後に、多くの関係者のインタビューを通じて私が得た問題意識です。

この大会では私にとってもう一つ衝撃的な試合がありました。決勝トーナメントの準決勝で開催国のブラジルがドイツに1対7で敗れたのです。

――あの試合は衝撃でしたね。若きエース、ネイマールを怪我で欠いたとはいえ、王国ブラジルが子供扱いされました。スタンドのブラジル・ファンが号泣していた姿が忘れられません。

導関数や地図の読み方を教える理由

【村井】私もあんなゲームになるとはまったく予想していなくて「ドイツに何が起きたんだ」と思いました。ドイツの強豪クラブ、ボルシア・ドルトムントに所属していた香川真司選手を訪ね話を聞きにいくと、無数のパネルが埋め込まれた四角い部屋に入って光ったパネルに向かって素早くボールを蹴る、という練習をしていました。背後を含め360度を常に観察する訓練ですね。

ドイツ代表のユースチームの合宿風景の動画も見ました。合宿所で練習メニューを見せてもらうとランチの後に数学、夕食後には地学の時間がありました。数学では導関数、地学では地図の読み方などを学んでいました。補助線を一本引くだけで解を導き出せる数学的思考や地図から実際の地形をイメージする地学の素養がサッカーには必要だと言うのです。観察し、考え、伝える訓練に必ずしもボールはいらないのです。

ドイツ代表はこうした素養を持つ選手がブラジル代表を観察し、どんどん局面が変わる中で最もゴールに近づくプレーを判断し、仲間と意思疎通をし、協力してブラジルのディフェンスを瓦解させたのです。