「お天道様が喜ぶ判断をせよ」

稲盛さんから教わった、たった1つのこと。それは「絶対に損得勘定で判断するな」ということだ。そういうと、「損得勘定で判断しなかったら、一体何を基準に判断せよというのか」と思うだろう。

その答えが、「私はこの4文字で経営してきました」と稲盛さんをして言わしめた「敬天愛人」である。「天を敬い人を愛する」という稲盛さんが敬愛した西郷隆盛さんの言葉だ。「人には愛情を注ぐ。けれども判断をする時は、天がOKを出してくれる、天が喜んでくれる判断をせよ」という意味だ。

得度されたお坊さんでもあった稲盛さんは、天、宇宙、神といった言葉を使って、私たち塾生に人間を超えた偉大な力の話をよくしてくださった。「誰も見ていなくてもお天道様が見ている」という昔から日本に伝わる教えに基づいて、「リーダーたるもの周囲に安易に迎合するのではなく、お天道様が喜ぶ判断をせよ。そうすることで長期的に会社は発展していく」というのが稲盛さんの経営哲学だった。

そんなことで経営ができるのかと疑問に思うのも当然だろう。しかし稲盛さんの成功の秘密はここにあったのだ。

写真=AFP/時事通信フォト
JAL会長就任後の2010年8月31日、東京で記者会見し、質問に笑顔で答える日本航空の稲盛和夫会長

損得で考えればJAL再建は引き受けなかった

稲盛さんが「敬天愛人」をベースに下した英断でビジネスがうまくいった例は枚挙にいとまがない。

その1つが、経営破綻したJALの再建を打診された時の話だ。当初、稲盛さんの周りの人はみんな大反対したという。もしも再建に失敗したら、稲盛さんの晩節を汚すことになると、周りの人は心配した。

そんな心配をよそに、2010年2月1日、会社更生法適用申請から2週間後に会長に就任。わずか2年でV字回復させ、みごと再建を成し遂げた。

当時稲盛さんは、78歳。既に2つも立派な会社を育てたのだから、損得勘定で判断すれば、悠々自適に老後を楽しんだ方がよかったはずだ。けれども稲盛さんは、「航空会社というのは日本の経済にとってとても重要な業界で、それがANAの一社独占になっては、日本の経済に打撃を与える。良い競争を保つためにもJALの再生は必須だ」と考えて、引き受けることにした。そこには、失敗したら自分の晩節を汚すことになるという損得勘定はなかった。ただ、「もし天が見ているとしたら、自分にどうしてほしいだろう」という視点で決断を下した。