ハイパーループの考え方自体は1970年代から存在したものの、マスク氏の発言で一躍注目を集めた。有言実行のマスク氏が乗り出したとあらば、読み古された空想科学小説に登場するような夢物語さえ、ついに現実になるのだと信じさせる力があった。

米テックメディアのインヴァースは、ロサンゼルスからサンフランシスコまで6時間かかる道のりを、わずか30分強で結ぶことができるはずだったと振り返る。

ところが、構想の発表から間もなくして、実現性に疑問が提示されるようになる。

ハイパーループ(ボーリング社資料より)
駅でドアを開けたハイパーループ旅客カプセル(ボーリング社資料より)
乗客が乗ったハイパーループ旅客カプセル(ボーリング社資料より)

EVが走る地下トンネルにシフト

米技術解説誌のインタレスティング・エンジニアリングは2017年、ハイパーループの実現の困難さと安全上の課題を挙げている。

計画ではチューブ内はほぼ真空で、地表付近の大気圧の200分の1の圧力しかない。チューブ外から激しい大気圧を常時受ける状態となり、この状態を数百キロの経路上にわたって維持するのは、今世紀の工学プロジェクトとしても最難関レベルとなると記事は指摘する。

さらに、チューブが1カ所でも破損したならば、猛烈な勢いで大気が流入する。走行中のカプセルの前後で気圧に差が生じることから、カプセルは真空方向へとピンポン球のように押し出され、危険なまでのスピードで滑走を始めるという。

このような困難から、夢の新交通機関「ハイパーループ」は次第に現実味を失った。マスク氏の手元に残ったのは、あの渋滞の夜、あれほどまでに夢見た掘削機(シールドマシン)のみだ。

マスク氏はこのマシンを引き続き使い、真空ではなく通常のトンネルを掘る妥協案に活路を見いだそうとする。道路が飽和状態の地上と異なり、地下はトンネルを掘り放題だ。

渋滞や無数の交差点を飛ばして主要な目的地間を結ぶ考え方は、真空というユニークさを失ってなお、良いアイデアに思われた。ボーリング社が現在主に計画を進めているのも、真空ポッドではなくEV車両で地下トンネルを走行する方式だ。真空方式のハイパーループに対し、こちらは単にループと呼ばれる。

しかしマスク氏は、技術的な課題とはまた別に、単純なトンネル敷設でも難題に突き当たることになる。アメリカの大地を掘り進む自慢のシールドマシンでさえ、行政というぶ厚い壁に風穴を開けることはかなわなかったのだ。

全米各地に持ちかけドタキャンを繰り返す

カリフォルニアの青い空の下、真っ白な巨大テントに覆われるようにして、うち捨てられたトンネルがぽっかりと口を開けている。ボーリング社が同州アデラントの町に掘り進めた、試掘トンネルの跡地だ。