1本のデモテープにサッカーへの愛が込められていた

【村井】「まずこの動画を見てほしい」と言われて、1本のデモテープを見せられました。それが良かった。「サッカーは進化する。楽しみ方は進化しているか」というのがメインのメッセージで、インターネットを使ったスポーツの新しい伝え方をうまくまとめていました。

動画の終わりのほうで、電車に乗ってスマホで試合を見ている女性がゴールの瞬間に「よし!」と小さく拳を握るシーンがありました。2016年というのは、今のようにスマホでサブスクの映画やアニメを見る時代ではありませんでしたから、「本当にこんな世の中になるのか」と驚きました。

それはサッカーを知り抜く者にしか作れないような映像で「この人たちは本当にサッカーを愛しているんだな」ということも伝わってきました。感動で震えてしまい、それを相手に悟られないようにするのが大変でした。

撮影=奥谷仁

この連載の第8回<お金をかければいいわけではない…「漫画のようなスーパーゴール動画」をバズらせた村井チェアマンが気づいたこと>で、中村憲剛選手と大久保嘉人選手が出演した「反動蹴速迅砲」の動画がYouTubeで400万回再生された話をしたと思います。

あの一件以来、私の中には「サッカー中継もネットが中心の時代がくる」というおぼろげな予感がありました。その時にはJリーグが自分たちで映像のライツ(著作権)を持ち、自前のデジタル・インフラを作りたい。そんな思いを軸にタフな交渉が始まりました。

開幕戦、初配信でまさかのシステム障害

【村井】年間1000試合をフルマッチでネット配信するという、世界で誰もやったことのない試みでしたから、交渉はいいところまでいってはブレーク、またいいところまでいってブレーク、交渉チームは何度テーブルを叩いたか数え切れません。最後は私たちがロンドンに乗り込んで、パフォーム社本部との直談判で契約を取りまとめることになりました。

――ところが。

【村井】そうなんです。パフォームは日本にパフォーム・インベストメント・ジャパンという会社を作り「DAZN(ダゾーン)」という名前で配信サービスを始めます。2017年2月26日にパナソニックスタジアム吹田で開催されたガンバ大阪対ヴァンフォーレ甲府の開幕戦。私はJFAハウスの会議室にスマホやらパソコンやらタブレットやらを持ち込んで、どんな中継になるか見ようと待ち構えていました。

ところが試合開始の時間になっても画面では小さな丸がクルクル回っているだけで、ちっとも配信が始まらない。はじめはJFAハウスの回線の調子が悪いのかとも思ったんですが、どうやらDAZNのシステム障害であることがわかりました。