子ども時代のフラッシュバックに苦しむ

中学3年生となり、弟に会いたい一心で北海道に戻ると、母の家には自分の知らない男性も住んでいた。違和感に戸惑うなか、母側の弁護士は、父とTさんとの面会交流を禁止すべきとの審判を申し立て始めた。父と再び会えなくなる日々。限界だった。

Tさんは父に連絡し、母との大げんかの後、父に手配してもらった飛行機で弟と北海道を「脱出」。その後父に親権が認められ、3人で暮らすようになった。以来、母とは断絶状態が続いている。

今でもTさんは子ども時代のフラッシュバックに苦しむ。2年前には心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断された。街で幸せそうな家族連れを見ただけで過呼吸となり、倒れてしまうこともある。大学進学はあきらめ、自宅で動画制作の仕事に取り組むが、体調が安定しないため長時間働くことは困難だ。

「母、父、弟。家族の誰かを選ばなくてはならなかったことは、僕の精神を傷つけるには十分過ぎました」とTさん。母から見れば、自分が弟を奪ったようなもので、その感覚が呪いのように身体から離れない。

家族に会いたいだけなのに

望んだのは、父や母と街を一緒に歩き、レストランでご飯を食べ、買い物に行く「日常」の時間だった。

「『家族に会いたい』と言っているだけなのに、それがかなわないのはなぜなのでしょうか。なぜ、家族と引き離されなければならないのでしょうか。親が離婚することになっても、子どもが自由に行き来し、父や母と過ごせる時間を保障してくれるようになってほしい」

こうした思いからTさんは2020年、離婚などで別居する親子らの面会交流について、法制度の整備をしない国の不作為を問う国家賠償請求訴訟の原告団に加わった。しかし今年11月下旬、東京地裁で判決があり、請求は棄却された。

保障されない「面会交流」

離婚後の親子の面会交流については、2011年の民法改正で、子の利益を最も優先して考慮し、決めることなどが盛り込まれた。しかし取り決めは義務とはされず、面会交流を求めて裁判所に申し立てても、調停での合意や審判が下されるまでに1年以上かかることも多い。たとえ決まったとしても、罰則規定などがないため、Tさんのケースのように同居する親が強く拒むなどの理由で守られない場合もある。

また、現行の制度では、両親の婚姻中は父母双方が親権を持つ「共同親権」だが、離婚後はどちらか一方が親権を持つ「単独親権」と定められている。親権とは、親が未成年の子どもに対して持つ、生活をともにし、世話をしたり教育をしたりする監護や財産管理などに関する権利と義務のことを指す。

単独親権だと、父母双方が親権を望む場合に子どもの取り合いのようになり、こじれて紛争がエスカレートしやすい。また、裁判所が親権などを決める際、現時点で子どもと同居している側が有利になることも多い。それらのことが同意なき「子連れ別居/連れ去り」や親と子の引き離しを生み出す要因の1つになっている。また、「家庭内暴力(DV)からの避難」なのか「連れ去り」なのか、迅速に判断する機関がないことも混乱に拍車をかけている。

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