理不尽な暴力を受け、身体的、精神的に追い詰められていった
「若いのに寝るな!」
ある日信子は、肉体労働でクタクタになって床に就く章寛から、布団を取り上げ蹴りつけた。章寛に対する信子の暴言・暴力は、次第にエスカレートしていった。また、「離婚するなら慰謝料をガッツリ取ってやる!」と脅され、その請求が両親に行くことを恐れていたともいう。
体格が良く、元自衛官の章寛が女ひとりに敵わないわけはない。しかし、章寛が幼い頃から身につけてきた忍耐や自己犠牲が、対抗することを躊躇させたのではないかと思われる。結局、義母の理不尽な行動や暴力を許してしまう結果となってしまった。
信子も章寛の弱点を見透かし、何をしても反撃されることはないだろうと高をくくっていたのだろう。それでも章寛は、義母のことで悩んでばかりいるわけにはいかなかった。当時、章寛は約600万円の借金を抱えており、幼子の世話で忙しい妻に働いてもらうわけにはいかず、仕事を増やさなければならなかった。信子の暴力性については、元夫も認めていた。
「妻を殺す夢を見たことは何度もあったが、自分はできなかった……」
和代は事件後、彼に謝罪をした際に、そう言われたことがあった。また、事件現場の取材からも、「信子が大声で怒鳴っている声が聞こえた」「章寛が雨の中、家の前で立たされているのを見た」という近隣住民の話が伝えられており、そのような背景もあって3人が無惨に殺された事件であるにもかかわらず、章寛に対する同情の声も多くあったのだという。
孫ができたので章寛にもう用はなく、出ていってほしいと思っての嫌がらせだったのか。信子が何を望んでいたのかは、今となっては知るよしもない。昼は過酷な肉体労働、家では義母になじられ、章寛は身体的、精神的に追い詰められていく。
地元を侮辱されたことが家族殺害の動機となった
心優しく穏やかで、忍耐強い章寛にもたったひとつ、許せないことがあった。それは、愛する家族と生まれ育った地域への侮辱である。
2010年2月23日。「あんたの親はなんにもしてくれん!」と、信子はいつものように暴言を吐きながら、章寛の頭を何度も殴りつけた。そして、「田舎へ帰れ!」と章寛のことをなじった。この一言が、章寛に殺害を決意させる。信子は、章寛の心の拠り所である家族や地域を、章寛を傷つけるために侮辱した。この言葉は、章寛の理性を完全に崩壊させた。
3人を殺害する5日前の出来事である。章寛は家族殺害のためのハンマーを購入し、夜、3人が寝静まるタイミングを待っていた。しかし、過酷な労働と孤独な生活で、疲弊しきった章寛が先に眠ってしまうこともあり、「昨夜もできなかった……」朝、目が覚めてそう思う日が何日か続いた。
そのまま時が流れ、章寛が自ら理性を取り戻すことができればよかったのだが、ついにその日は来てしまった。