米国の製薬会社に利益をもたらす「リードユーザー」とは
こうした視点を習得すると様々な市場におけるリードユーザーを特定しやすくなる。例えばスポーツ用品市場で言えば、五輪競技の金メダル候補者がリードユーザーになるだろう。実際、例えばマラソン選手や競泳選手は少しでも速く走ったり、泳ぐためシューズや水着などの競技道具を新たに開発してもらったり、改良を加えてもらったりしている。こうした選手はスポーツ用品メーカーにとってのリードユーザーと呼ぶことができるだろう。
ほかにもダイエット食品市場という観点からするとプロボクサーがリードユーザーになるかもしれない。プロボクサーは一定以下に体重を維持する一方で強靭な体格をつくるため栄養を取る必要がある。健康的に体重を維持したいと思っている人やメタボ対策や予防を意識する人々にとっての問題を先取りしていると言えなくもない。しかも試合に勝ち抜き、チャンピオンになれば、ボクサーは巨額のファイトマネーを手にすることができる。このようにニーズの先行性、期待便益の大きさという点でプロボクサーは健康食品市場のリードユーザーの資格を有しているといえるのである。
リードユーザーという特定のユーザーがイノベーションを行う傾向がある。だとすれば、リードユーザーを積極的に製品開発活動に組み込むことで製品イノベーションの機会を豊富にできるはずである。超多忙な実業家の名刺管理術、F1レーシング・チームや軍隊が取り組む安全な急停止技術、五輪で金メダルを狙う選手の競技用道具、減量に励むプロボクシング・チャンピオンの調理や食事上の工夫。こうしたものの中に企業にとっての製品イノベーションの種が潜んでいる可能性があるのである。
実際、東京大学名誉教授の宇沢弘文氏によると、米国の製薬会社は次のようにしてリードユーザーを見つけ出し、その行動を参考にして多くの新薬を開発しているという(日本経済新聞社編「資本主義の未来を問う」日本経済新聞社、2005年)。まず、製薬会社はアマゾンの熱帯雨林に住む少数民族の長老などを訪ね伝統的に受け継がれてきた医療技術の聞き取りを行う。長老の中には一人で5000種類に及ぶ治療法を知っている人もいるという。製薬会社にとってこうした長老たちがリードユーザーにあたる。製薬会社はそこで得たサンプルを持ち帰り、それを化学分析し、人工合成し、新薬として売り出す。そうした各社の努力の結果、現在、多くの米製薬会社の利益のかなりの部分がこうした方法で開発した新薬からのものになっているという。このようにして、米製薬会社はまさにリードユーザーを新薬開発に組み込むことで製品イノベーションを行い、利益を獲得しているのである。
こうしたリードユーザーを活用する手法によって高い販売成果を実現する製品を開発できることは科学的にも明らかになってきている。例えば、MITのエリック・フォン・ヒッペル教授を中心とするチームが行った3Mの製品開発を対象とした調査は、リードユーザーを活用して開発した製品のほうが従来の市場調査を使った製品よりも新規性と独自性が高く、販売実績も2倍以上になることを明らかにしている。
紙幅がつきたので今回はここで筆をおくことにしよう。次回もリードユーザーを活用する手法を含んだ消費者の創造活動を企業が取り込む活動について紹介していく。消費者は個人としてイノベーションを行う場合もあれば集団としてそれを行う場合もある。そんな現象や背後にある論理についても紹介することにしよう。