先の米大統領選で敗北したトランプ前大統領が支持者を扇動し、議会を襲撃させた事件も構造は同じだ。自分たちに正義があると信じる者たちが「ビジランティ(自警団員)」に走り、法とルールを乗り越えようとした。日米両国で、近代民主政治の根幹を揺るがすような感情論が増えているのは、極めて心配である。
今もまかり通る200年前の原則論
さて今回は、アベノミクスの財政政策を振り返りたい。アベノミクス“第一の矢”である金融政策は黒田東彦日本銀行総裁の異次元の金融緩和が非常にうまく効き、1ドル=80円前後だった超円高が是正されたことにより、企業業績が伸びて税収がアップし、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)の赤字幅(対名目GDP比)は順調に改善した。
財政政策ではハト派(財政赤字を気にせず支出して収支を悪化させる)の印象を持たれていた安倍元首相だが、経済活況の影響でプライマリー・バランスは均衡しないまでも改善したので、それは事実でない。しかしながら、2016年に日銀が短期金利に加えて長期金利も誘導する「イールドカーブ・コントロール」を導入しなければならないほど、金融政策の効果は出にくくなっていた。本来、ここで財政支出や減税で思い切った“第二の矢”を放つ必要があったのだが、霞が関を中心に慎重論が相次ぎ、安倍元首相は押し切れなかった。
プライマリー・バランスが赤字の状態で財政出動をすれば、当然ながら赤字は増える。しかし、そもそもプライマリー・バランスはゼロ(収入と支出が均衡した状態)でなくてはならないのだろうか?「財政赤字はいずれ解消されなければならない。その財源は税金なのだから、赤字国債の発行は将来世代に負担を強いる」「戦争や災害時は赤字になるかもしれないが、平時は黒字運営が望ましい」というのが積極財政反対派の論理だ。
財政赤字は孫子の世代に負担をもたらすと、現在の世代が考えて、自分たちの消費を控えるようになってしまう――。こうした考え方は「財政のリカード理論」と言って、デイヴィッド・リカードという天才経済学者が約200年も前に示した原則論である。現代経済学にあって、彼ほどその理論が今なお残っている学者は珍しい。
しかし、私の師ジェームズ・トービンは、当のリカード本人も人間はこの理論のように合理的でないことを認めており、彼の考え方は非現実的だと説いた。しかし、財政のリカード理論は長らく経済政策の指針になってきたし、信奉者も多い。