上り調子の最中に襲った「2021年限りでのF1撤退」報道

レッドブルやトロロッソとの関係性はスタートから良好で、そこにはプラスの掛け算だけが存在していた。2019年第9戦オーストリアGPでマックス・フェルスタッペン選手が念願の初優勝をもたらすと、翌2020年にはコンストラクターズチャンピオンシップ(製造者部門)で2位の成績を残した。

そんな上り調子のなか、衝撃的な報道が現場を襲う。2021年限りでホンダがF1から撤退するというニュースだ。当時、サーキットで他チームの知人と会うたび、「勝てるPUをつくれるようになったのに、なぜこのタイミングでの撤退なのか?」と驚かれたのを覚えている。

そこでぼくは、一人ひとりのスタッフに、個別に声をかけた。まだ整理のついていない気持ちをそのまま吐露してもらい、一人ひとりがいま、どのような心理状態にあるのか、ということを理解する必要があったからだ。当然のことながら、個別ミーティングのなかで聞こえてきたのは、悔しさを通り越した怒りにも似た声だった。

僕はその声を真摯に受けとめ、この負の感情をプラスに変えていくためにはどうすればよいのかを考えた。そこで僕が伝えられることは、一つしかなかった。そう、我々にはあと一年、チャンスが残っている。これから自分たちができることは、2021年シーズン、絶対にチャンピオンを獲る、ということだった。

マシンの性能差では負けていたが…

ホンダにとってラストイヤーである2021年シーズンは、レッドブル優勢で序盤戦を終えた。しかし、目下、7連覇中のメルセデスが猛追を見せ、12月の最終戦アブダビGPを前にレッドブルのフェルスタッペン選手とメルセデスのルイス・ハミルトン選手がいずれも369.5ポイントで並び、F1では47年ぶりの同点決戦となった。

勢いに乗るメルセデスは、やはり最終戦でも強さを見せた。マシンの性能では勝てそうになかったが、決勝ではフェルスタッペン選手のチームメイト、セルジオ・ペレス選手がピットインのタイミングを利用してタイヤ交換を終えたばかりのハミルトン選手を2周に渡って抑える走りを見せるなど、まさに総力戦での戦いだ。

残り8周となった50周目、後方でクラッシュが起きてセーフティーカーが導入されると、フェルスタッペン選手はピットに入って新しいタイヤに履き替えた。そのタイミングでピットインできなかったハミルトン選手をリスタート後のラスト1周でオーバーテイクして、逆転優勝というミラクルを起こしたのだ。

レース後、歓喜に沸くガレージのなかで感動の渦に巻き込まれながら、あらためてぼくは確信した。レッドブル・ホンダのマシンは、メルセデスのマシンにテクノロジーという実力では敵わなかった。ドライバーの技術という面でも、フェルスタッペン選手とハミルトン選手は互角だった。しかし最後にものをいったのは、人間の思いがベースになったコミュニケーション力、それに基づいたチーム戦略だった。