離れればもっと優しくなれる

中野さんが妻を介護し始めて、もう6年が経とうとしている。

妻の主治医は、「人工呼吸器で療養している患者はいつも死への恐怖を感じている。不安を取り除くためには、いつでも側にいてあげてください」と言う。

写真=iStock.com/alexey_ds
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一方、「妻のことが頭から離れない」という悩みをカウンセラーに相談したら、「(離婚して)早く新しい人を見つけて自分の人生を歩みなさい」と言われたという。

中野さんはそのどちらもできず、ただ涙が溢れた。

「24時間365日の介護体制を完成させましたが、いつも妻のことが頭から離れず、好きな仕事にも身が入らない。私にもしものことがあったときのために、ホスピスの見学と検討もしましたが、やっぱり離婚なんて無理だと思いました。かといって常にそばにいたら私が壊れてしまいます。自分の人生を生きたいです。時間ができたら音楽学校に通って、作曲を勉強したいです」

中野さん自身、現在は要介護1のため、時々ショートステイを使って自宅を離れたり、精神病院の「ストレスケア入院」というものを利用するなどして、つらくて苦しくてどうしようもないときは、介護から“逃げた”。

「在宅介護の私のスローガンは、”離れればもっと優しくなれる”です。今、在宅介護をされている介護者の方は、社会資本、公的支援を遠慮なく使って、在宅介護をプロに任せて、介護から手を離してください。保護者としての責任やペーパーワーク、役所やドクター、ナースとの打ち合わせなどはしなければいけませんが、それ以外はとにかくプロに任せて、患者から離れることです。それができれば、介護者の心にも平穏が訪れますし、心に余裕ができれば、もっと患者に優しくなれます。在宅介護で親族殺人が起きるケースが後を絶たないですが、あれは被介護者との距離が近すぎるからです、『薄情だ』などと言わないで、できるだけ離れてください」

近くに理解者も協力者もおらず、孤独に介護する人が多い中、中野さんには近所に大学の研究室時代の先輩夫婦、友人家族などがおり、ケアマネも助けてくれる。

29歳の頃から34年間連れ添った妻には、「寄り添ってくれてありがとう」と言われるという中野さん。そんな彼にとっても、介護は精神的にも金銭的にも負担が大きく、心も身体もむしばんでいく。

介護は家族や親族がしなくてもいい。家族や親族がするべきは、「親身に寄り添い続けること」なのかもしれない。

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