加藤以外にも無差別殺傷犯が在籍していた

「僕と加藤くんが入るずっと前に働いていた人が、仙台市のアーケード街をトラックで暴走して何人か殺傷する事件を起こしているんです。結構全国的なニュースになりましたけど、そっちは精神疾患に認定されて、その後に報道規制されたんですよ」

2005年、歩行者7人を死傷させた「仙台アーケード街トラック暴走事件」だ。まさかその犯人までもが、同じ警備会社の元従業員だったとは驚きである。「事件が起きたのは、加藤くんが辞めたあとでしたけど、僕が話してるから、もしかしたら犯行の方法を選ぶときに、無意識に影響してしまったのかもしれない」

大友氏はこのエピソードから、犯行の方法を模倣する心理について語っている。しかし私には、一つの会社で2人も無差別殺傷犯が出てくることのほうが不可解でしょうがない。いくら辞めたあととはいえ、そんなことがあるだろうか。私が困惑していると、大友氏はさらに恐ろしい話を続けた。

「俺がいた2年間だけでもしょっちゅう事件はあったからね。ある日、寮で警備員のおじいさんが突然亡くなって、警察が調べに来たけど事件性はないってことになったんです。けれど彼の携帯電話と、財布の中のお金がなくなっていた。しばらくして夜勤警備の現場で、亡くなった方の携帯電話の落とし物が届いたんです。

その日の現場で寮生活をしていたのは、ある若い兄ちゃん一人しかいなかった。それで、その子に『悪いけど、明日朝イチで来てくれる?』って言ったら行方をくらましちゃった。だから、もしかするとその子が殺したのかもしれない。遺族に事情を説明したら、『世間体もあるから放っておいてくれ』みたいなね。実際にそういう話が日常的にポンポンあるから、もう感覚が麻痺して、事件が日常になっちゃう会社だったんですよ」

「俺は、可能性はある人だなあと思っていましたね」

金銭目的で簡単に人を殺してしまう、しかも死んでも遺族が騒がない相手を選ぶとは、ある意味で加藤より悪質だ。こうした環境に身を置くことで「困ったときは殺人」という選択肢が、加藤の無意識に刷り込まれたのだろうか。

「言い方悪いけど、やっぱり事件にかかわってしまう人が集まりやすい環境だったと思いますよ」

私は、「朱に交われば赤くなる」の恐ろしさを改めて実感した。

一方で、大友氏はこんなことも語る。

「事件が起きるとよく『あの人がそんなことをするなんて信じられません』なんてコメントがあるけど、俺はまあ、可能性はある人だなあとは思っていましたね」

大友氏がそう思うに至った、象徴的な出来事があるという。ある日、大友氏と加藤、そしてもう一人70代と思しき耳の遠い高齢の警備員の3人チームが、国道のライン引きを警備する仕事に配置された。白やオレンジのセンターラインなどを引く専用車が時速6キロほどで線を引いて走り、警備員はその後ろをマラソン大会さながらに追いかける。ラインが乾く前に車が通ってしまうと、その車のタイヤに塗料がつき、地面のあちこちが汚れてしまう。それを防ぐための警備である。