もちろん、日々の国会活動において「政府案をより良い方向に修正する」ための活動が日常的に存在すべきなのは言うまでもない。しかし、政権の選択肢となる野党第1党が行うべき「提案」とは、そういうものではない。立憲が現在の自公政権に取って代わり、自らの政権を樹立した時に「自公政権とは違うどんな社会像を描き、その実現に向けてどんな政策を用意するのか」を、パッケージで見せることだ。

立憲のキャッチフレーズが見せた自公政権との違い

実際に立憲が使った二つのキャッチフレーズを使って説明したい。

参院選で筆者が気に入っていたフレーズは「生活安全保障」だった。「安全保障」について日本人が思い描く概念を変える力がある言葉だと思ったからだ。

開票センターに入る立憲民主党の泉健太代表=2022年7月10日、東京都千代田区(写真=時事通信フォト)

安全保障と言えば軍事面のこと。私たちは冷戦時代からそのようにすり込まれてきた。そのことは、防衛力の増強に慎重な野党勢力に「政権担当能力なし」というレッテルを貼ることにも、都合良く使われてきた。国際政治の現場には「人間の安全保障」という言葉が普通に使われているのに、国内の政治を語る時には、意図的に無視されているかのようだった。

ロシアによるウクライナ侵攻という非常事態を前に、実際に自公政権の側から、防衛費の増額など「軍事面」からの安全保障論が盛んに聞こえてきた。維新からは「核共有」「非核三原則の見直し」などといったことまで提示されていた。

しかし、非常事態に国民の生命と暮らしを守るためにまず考えるべきことが、常に軍事力であることは、本当に正しいのだろうか。戦闘のあおりで食糧やエネルギーの輸入価格が高騰したり、輸入自体が難しくなったりしたら、軍事力以前に国が持たなくなるのではないか。

同じ提案でも「国の進むべき道の選択肢」を提案すべき

安全保障とは軍事的なものだけを指すのではない。この非常事態に立憲民主党は「食糧安全保障」「エネルギー安全保障」をより重視した上で、今なすべき具体策を示す――。野党第1党にはそういう「提案」を求めたい。自公政権とは違う「国の進むべき道の選択肢」を提示するのが、本来の「提案型野党」の姿ではないだろうか。

ちなみに前述の「生活安全保障」だが、そのキャッチフレーズの下にぶら下がった3本柱が、①物価高と戦う、②教育の無償化、③着実な安全保障――となっており、筆者は少々落胆した。もちろん、個別には大切な政策の柱だろうが、これではこのキャッチフレーズを「軍事的安全保障を重視する自公政権に対する選択肢」という形で位置づけることはできない。

野党第1党なら、常に「政権と対峙し選択肢を示す」形で、重要政策の選定から広報までを一貫して考えてほしい。